小児診療の進歩により多くの命が救われるようになった一方で、慢性疾患をもちつつ成人する患者さんが増えてきています。ところが小児科医は、成人をほとんど診たことがないので、小児期発症の慢性疾患を抱えつつ「大人になった患者」への対応が苦手です。
「移行期」とは小児診療から成人診療へと移り変わる段階のことを指し、そこでなされる医療を「移行期医療」と呼びます。そしてそこで行われる支援全般を「成人移行支援」と呼びます。この移行期における問題は、日本のみならず、諸外国でも共通していて、優れた方針が公表されていますが、現実的にはどの国でもうまくいっていないのが実情です。
私は2015年度から、厚労省事業や科学研究費をいただいて、この問題に取り組んできました。その中で、「成人移行支援コアガイド」を作成したり、「慢性疾患成人移行アプリ」を作成したりしてきました。それでも、まだまだだと感じています。
なお、「移行期」は、患者さんごとにその時期は異なります。小学校低学年から始まる自律支援もあれば、重症心身障害児(者)などの20歳代で始まる「診療の場所」の移行支援もあります。一番大切なのは、患者さん一人ひとりにとって最も適切な医療は何であるか、どこで誰が診療を担うべきなのか、それらを患者さんやご家族と一緒に真剣に考え、その患者さんにとっての最善の利益を求めていくことだと考えいます。決して小児診療の病院や医師が困っているなどの理由で患者さんを追い出すのではなく、年齢に応じた、「その患者さんにとっての最善の医療」を求めていくというように考えることが重要だと思います。
小児期から慢性疾患と向き合ってきた患者さんが、大人の医療へ移るとき、
「いつ」「どこへ」よりも大切な視点があります。
成人移行支援の現場で何が課題となり、何を大切に考えるべきかを解説します。
自立可能な患者さんにおいて、「ヘルスリテラシー」は、非常に重要な成人移行支援のキーワードです。ヘルスリテラシーとは、「健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、能力」のことをいいます。
まずは、自分の病気や治療のことを知っているかどうかから始まります。よくご家族から、「私は知っているし、この子にも教えています」と言われますが、はたしてそうでしょうか。実は患者さん自身は病名を正確に知らず、「腎臓の病気」「血液の病気」としか聞いていないことが意外に多いのです。「あなたは腎臓の病気なのだから、薬を飲まなきゃだめよ」ではヘルスリテラシーは育ちません。きちんと病名を教え、病気のメカニズムを教え、なぜお薬が必要なのかを教えなければなりません。
次に、受診した際に、診察室で検査結果をご家族だけが見て、患者さん本人が会話に参加していないようでは、ヘルスリテラシーの獲得は難しいと思われます。自分で医師から検査結果を聞き、その意味を理解し、自分の疾患のコントロール状況を把握できるようにならなければなりません。そして、例えば「尿たんぱくが僅かだけど出ているから、今週はちょっとおとなしくしよう」という判断を自分でできるかどうかがポイントなのです。それを支援するために、私らは「慢性疾患成人移行アプリ」を開発しました。検索サイトで見つけることができますので、是非、使ってみていただければと思います。
また、知的に正常であっても、障害が残ってしまった場合、ご家族からの支援のみならず様々な社会的支援を受け、多くの人に頼りながら、自分らしく生きていくことが必要になります。そのためには多くの人に自分の状況を伝え、何をしてほしいかを伝えねばなりません。親が代わりに伝えているのは小児期だけです。この「他人に伝えるヘルスリテラシー」の獲得が次の課題となります。
最後に、全国の同じ疾患を持つ患者全体が置かれている状況をどのように改善すべきかを考えるなど、さらに高度なヘルスリテラシーも存在します。患者会を牽引する患者さん本人などがそれにあたります。
成人移行支援にはしっかりとしたプログラムが必要です。国立成育医療研究センターでは、年齢・発達に応じたヘルスリテラシーの獲得を行うために、患者さんの社会的心理的状況を把握し、患者さん自身の興味関心を踏まえて関わることができるようなプログラムを開発してきました。看護師が主体となって、患者さんが自分の持つ疾患と向き合いながら、精神的に成長することをサポートしています。これに関しては、このシリーズの中で当院の看護師に説明して頂こうと思います。
小児診療科の医師もソーシャルワーカーも、小児医療機関同士の連携に関しては、連携先の情報量も多く、意思の疎通も問題がないことが多いのですが、成人医療機関への診療連携となると、とたんに難しくなります。総合病院内での小児診療科から成人診療科への移行でさえ、「その疾患は診たことがないので診られない」と断られてしまいます。
他院との連携はもっと難しいのは容易に想像できると思います。成人移行支援を始めてから、多くの総合病院の成人診療科に紹介してきましたが、馴染みのない疾患や多臓器にわたる複雑な病態を持つ患者さんの転院に関して、断られることが多かったのは事実です。例えば、先天性ミオパチーの寝たきりの患者さんの場合、成人発症の筋萎縮性側索硬化症の末期と症状はそれほど変わらなくとも、「診たことがない」と言われ、簡単には受け入れてもらえませんでした。また、小児期は小児科1つで済んだ診療科が、成人になると、循環器科、呼吸器科、消化器科、神経内科と多岐にわたってしまうのも成人医療機関への移行が困難な理由でもあります。
ただ、少しずつコツがわかってきました。やはり紹介状1枚ではだめなのです。コロナ禍前は、私が先方に出向いて話をしてきたこともあります。コロナ禍以降は、オンラインでのミーティングを行っていますが、そういった形で、面と向かって話し合いをすることで、診て頂けるようになることも多かったと思います。その際に、「何かあったら、いつでも小児診療科で診る」ということと、「しばらくの間は併診という形で小児診療科の外来にも来ていただく」というのが重要だとわかってきました。
今までは成人医療への移行のカウンターパートとして、小児診療科の主治医も、ご家族も、高度医療機関の専門医を考えていたと思います。しかし、のりしろを少し拡げて、成人を診ているプライマリ・ケア医や総合診療医もカウンターパートとすることで移行がうまくいくことを経験しています。
特に移行困難な理由でもある医療的ケアのある患者さんや、知的障害や自閉症などで社会生活に何らかの福祉支援が必要になる場合は、プライマリ・ケア医は、移行先の第一候補になります。彼らはもともと全人的な医療を掲げており、包括性と継続性が強みです。
また、急変時や特定の臓器の診療は、最初は小児診療科が責任をもってバックアップすることも必要です。小児診療科自身の「のりしろ」を拡げるべきです。決して成人診療科に丸投げをしてはいけません。もちろん、最終的には、急変時にも成人診療ネットワークの中で対応し、入院、入所施設の成人の専門医との連携もとってもらうようにするのが良いのですが、患者さんによっては難しい場合もあります。その場合は、小児診療科が責任を持って、患者さんを最期まで診る覚悟も必要だと思います。もちろん、小児診療科だけでは不十分ですので、成人診療科との「連携」が不可欠となります。小児診療科自身が成人医療のネットワークに入って行くことで解決できる部分も多いと考えています。
どんなに信頼していた主治医とも、主治医の定年退職などで別れは来ます。患者さん本人やご家族の思いを伺う中で、乳幼児期から懸命に児を育ててきたご家族の歴史、思いに触れてきました。救命してもらった高度機能病院への感謝と共に、一般病院やプライマリ・ケア医への移行に難色を示すのも理解できる部分です。問題を解決するには、複数回の多職種カンファレンスや、患者さん本人やご家族との話し合いの場が必要となります。今はご家族だけでがんばっていても、いつか来る「移行のとき」を念頭に置くことで、将来への不安を解決することも、成人移行支援の役割だと考えています。
繰り返しになりますが、大人になった患者さんにとっての最善の医療は、どのような形で行われるべきかを、患者さん本人やご家族と一緒に考えることが成人移行支援です。成人診療科と連携して、協働して診療を継続していくことが何よりも必要だと考えています。

窪田 満 先生
国立研究開発法人
国立成育医療研究センター
総合診療部 統括部長
成人移行支援の第一人者として、厚生労働省事業や科研費事業を通じて、
「成人移行支援コアガイド」や「慢性疾患成人移行アプリ」の作成・普及に携わる。
窪田先生は、成人移行支援に関する研究・情報発信の場として、「小児慢性疾患患者の成人移行支援に関する研究班」の活動にも携わっています。
研究班サイトでは、成人移行支援に関する考え方や資料、取り組みの情報がまとめられています。
より専門的な情報を知りたい方、医療・支援に関わる立場の方は、あわせてご覧ください。