
「“普通に生きる”を大切に」
軟骨無形成症とともに歩み、母になる
——Co-Co Life編集長・土井唯菜さんインタビュー
生まれて間もなく診断された軟骨無形成症。
幼少期からの通院や手術、学校生活でのさまざまな工夫
——その一つひとつを乗り越えながら、土井唯菜さんは「自分らしく生きること」を大切に歩んできました。
現在は、障害のある女性のためのライフスタイルメディア「Co-Co Life」の編集長として、
多くの当事者の声を社会に届ける存在に。そして一人の女性として結婚し、2026年5月には第一子の出産を控えています。
“特別な人生”ではなく、“普通に生きること”。
その言葉の裏には、これまでの経験の中で培われた確かな価値観と周囲との関わりの中で見出してきた答えがあります。
仕事、結婚、そして出産—人生の大きな節目を迎える今、土井さんは何を感じ、どんな未来を描いているのでしょうか。
これまでの歩みとともに、同じように悩みや不安を抱える方々へのメッセージを伺いました。
〇生後5ヶ月での診断——「違和感」から始まった人生
〇小学5年生、1年間の入院と手術
〇「工夫すればできる」学校生活 🔒
〇ファッションの道へ——「自分に合う服がない」から始まった挑戦 🔒
〇Co-Co Lifeとの出会い、そして編集長へ 🔒
〇結婚、そして妊娠——「自然な流れの中で」 🔒
〇「普通に接する」——母として大切にしたいこと 🔒
〇同じ悩みを抱える人へ 🔒
〇おわりに 🔒

土井唯菜さんが軟骨無形成症と診断されたのは、生後5ヶ月の頃のことでした。
生まれた直後は、外見から大きな異変があるとは分からず、周囲もご家族も特別な病気を疑うことはなかったといいます。
しかし、成長していく中で、母乳をあまり飲まない、よく泣くといった様子が続き、お母様は次第に「何かが少し違うのではないか」という違和感を抱くようになりました。
その小さな違和感を見過ごさず、いくつもの医療機関を受診。3〜4件の病院を巡った末に、ようやくたどり着いた診断が「軟骨無形成症」でした。
当時は、症状がまだはっきりと現れていなかったこともあり、診断に至るまでに時間がかかったといいます。
見た目だけでは分かりづらい時期だったからこそ、ご家族の気づきと行動が大きなきっかけとなりました。
その後は専門医のもとでの通院が始まり、3歳頃からは成長を促すためのホルモン治療もスタート。幼いながらに医療とともに過ごす日々が始まりました。
とはいえ、当時の土井さん自身には、「病気と向き合っている」という自覚はほとんどなかったといいます。治療も通院も、あくまで日常の一部。周囲の大人たちに支えられながら、本人にとっては“特別な出来事”ではなく、“当たり前の毎日”として積み重ねられていきました。
振り返れば、それはご家族が自然体で支え続けてきたからこそ生まれた環境だったのかもしれません。
幼少期のこの経験が、後の「普通に生きることを大切にしたい」という価値観の原点となっています。
土井さんの人生における大きな転機の一つが、小学5年生のときに経験した骨延長手術でした。
身長を伸ばすためのこの手術は、決して短期間で終わるものではなく、長期にわたる入院とリハビリを伴う大きな決断でもありました。
実際に、土井さんは約1年間にわたって入院生活を送りながら、治療と向き合う日々を過ごします。
手術によって身長はおよそ10cm伸びました。しかしその一方で、身体にははっきりと残る傷跡ができました。

「見える場所に傷があることは、当時はコンプレックスでした」
特に多感な時期に差しかかる小学生という年代において、“見た目”に関する変化は、想像以上に大きな意味を持ちます。
洋服選びや人の視線が気になり、自分の身体について考える時間も増えていきました。
また、手術後の生活は決して楽なものではありませんでした。
身体には器具を装着した状態で過ごしながら、日々リハビリに取り組む必要があり、その過程には強い痛みも伴います。傷口にできるかさぶたを処置するような、日常的でありながらも避けられない痛みも積み重なっていきました。
自由に動けないもどかしさや、思うようにいかない身体への戸惑い。
入院生活の中では、身体的な負担だけでなく、精神的にも多くの葛藤を抱えることになります。
それでも、その時間を乗り越えた経験は、確実に土井さん自身の力となっていきました。
「あの時期があったからこそ、今の自分があると思います」
後にそう語るように、この1年間は単なる治療期間ではなく、自分の身体と向き合い、受け入れていくための大切な時間でもありました。
思春期の入り口で経験したこの出来事は、土井さんの価値観や生き方に、深く影響を与えています。………