軟骨無形成症 萬代 有香さん インタビュー

「工夫して生きてきた経験が、今の私をつくっている」

軟骨無形成症の当事者として、看護師として歩む23歳の挑戦


軟骨無形成症の当事者であり、現在は看護師として医療の現場で働く萬代有香(まんだいゆうか)さん(23歳)にお話を伺いました。


彼女の人生は、生まれる前から医療と深く関わってきました。胎児の頃に身体の特徴が見つかり、出産に向けて専門の医療チームが組まれるなど、周囲の支えの中でこの世に生まれてきたといいます。

その後も、成長の過程では骨延長手術という大きな決断を経験し、長い入院生活や思春期ならではの葛藤とも向き合ってきました。学校生活では身体の特徴に合わせた工夫を重ねながら学び、時には周囲との違いに悩みながらも、自分らしい道を模索し続けてきました。


そんな彼女が抱いた夢が「看護師になること」でした。

入院中に出会った看護師の存在が、苦しい時期を支えてくれたことがきっかけです。

自分と同じように不安や痛みを抱える人に寄り添える存在になりたい――その思いを胸に、努力を重ねて看護師の資格を取得し、現在は医療の現場で患者さんと向き合う日々を送っています。

「病気があるからこそ、何をするにも工夫してきた。その経験が今の自分につながっている」と彼女は語ります。


困難な出来事の中でも、諦めずに前を向き続けてきた23年間。

そこには、支えてくれた家族や医療者への感謝、そして同じように悩みながら生きる人たちへの温かいメッセージが込められていました。


困難の中でも「工夫して生きる力」を育んできた彼女の歩みは、多くの人に勇気と希望を届けてくれるものです。本記事では、軟骨無形成症の当事者として、そして看護師として歩み続ける彼女のこれまでの道のりと、未来への思いをご紹介します。

インタビュー目次

〇生まれる前から始まった医療との関わり

〇学校生活は「環境を整えること」から始まった

〇小学4年生、骨延長手術という大きな決断 🔒

〇中学生で経験した医療事故と長い入院 🔒

〇「看護師になりたい」と思った理由 🔒

体力の限界と葛藤の高校時代 🔒

看護師として働く現在 🔒

将来の夢は「スポーツチームの看護師」 🔒

「病気があるからこそ、工夫する力が身につく」 🔒

〇「この子は宝物なんだよ」 🔒

おわりに 🔒


生まれる前から始まった医療との関わり

診断のきっかけは、生まれる前の8か月健診の時でした。

健診の際、頭の大きさと手足の長さが、一般的な成長の目安と少し異なることが医師の目に留まりました。


その結果、念のため詳しく調べることになり、リスクを考えて「医療体制の整った大きな病院での出産が安心でしょう」と勧められたそうです。

もともとお母様は、地域の助産院で出産する予定でした。

助産院での温かい雰囲気の中で出産することを楽しみにしていたといいます。しかし、赤ちゃんの安全を第一に考え、急きょ大きな病院へ転院する決断をされました。

転院先の病院では、産科だけでなく、小児科や整形外科など複数の診療科が連携し、出産に備えた専門チームが組まれました。家族にとっては不安も大きかったものの、医療スタッフが丁寧に説明を重ねながら準備を進めてくれたことで、安心して出産の日を迎えることができたといいます。


そして無事に誕生。


家族にとって待ちに待った瞬間でした。

生まれて3日目、整形外科の医師からご両親に説明がありました。

「軟骨無形成症の可能性はありますが、まずは様子を見ていきましょう」

突然聞く病名に、ご両親は驚きや戸惑いを感じたそうです。


しかし医師は、病気の説明だけではなく、将来についても丁寧に言葉を添えてくれました。

「腕が曲がっていても、将来まっすぐにすることはできます。

そして、頭が良ければ医者になる人もいる病気です」

それは、ただ医学的な事実を伝えるだけでなく、将来への可能性を示す言葉でもありました。


当時はまだ情報も少なく、ご両親にとっても初めて聞く病名だったといいます。

だからこそ医師は、必要以上に不安を与えないよう、ご家族の気持ちに寄り添いながら、やわらかい言葉で説明してくれたのだそうです。

そのときの言葉は、のちにご本人が成長してからも、家族の記憶の中にずっと残り続けています。


こうして、彼女の人生は生まれる前から医療と深く関わりながら始まりました。

そしてその経験は、後に「医療の道を志す」という大きな選択にも、少なからず影響を与えていくことになります。

学校生活は「環境を整えること」から始まった

保育園での生活は、比較的穏やかなものでした。


先生や友だちに囲まれながら、特別に大きな困難を感じることなく毎日を過ごしていたといいます。
周囲の大人たちも自然にサポートしてくれ、本人にとっても「自分は周りと少し違うのかもしれない」と強く意識する場面はあまりありませんでした。


しかし、小学校への入学が近づくにつれ、少しずつ現実的な課題が見えてきました。

それは「学校の設備のサイズが身体に合わない」という問題でした。

小学校の机や椅子、手洗い場、トイレ、黒板の高さなど、多くの設備は平均的な体格を前提に作られています。軟骨無形成症のある彼女にとっては、日常のちょっとした動作が難しくなる可能性がありました。


そこで入学前から、ご家族は学校と何度も相談を重ねました。

「どうすれば安心して学校生活を送れるか」「本人ができるだけ自分の力で行動できる環境を整えられるか」を、先生方と一緒に考えていったといいます。

その結果、学校ではさまざまな工夫が行われました。

  • 足が床に届かない場所には、安定した踏み台を設置
  • 手洗い場では蛇口の高さを調整
  • 教室の机や椅子は、身体のサイズに合わせて作り替える

さらに、校内の移動や日常生活の動作についても、本人が困らないよう細かな配慮がなされました。


「学校はとても協力的でした」

そう振り返る彼女の言葉からは、当時の先生方の理解と支えの大きさが伝わってきます。

学校側も、本人ができることをできるだけ広げられるよう、一緒に環境づくりを考えてくれたそうです。


一方で、体育の授業では参加が難しい種目もありました。

軟骨無形成症の特徴の一つとして腕の長さが短く、腕を頭の上で組む動作が難しいため、マット運動や跳び箱などは身体的に負担が大きかったといいます。

それでも、先生と相談しながら無理のない形で授業に参加しました。

できる種目には取り組み、難しいものは見学や別の活動に変更するなど、柔軟に対応してもらっていたそうです。


「完全に同じことができなくても、参加できる形を一緒に考えてもらえたことがありがたかったです」


小学校生活は、単に授業を受ける場所というだけでなく、「自分に合った環境を整えることの大切さ」を学ぶ時間でもありました。

周囲と協力しながら工夫を重ねていく経験は、のちに彼女自身が「どうすればできるか」を考える力を育てていくことになります。


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