てんかん 体験談インタビュー➀


対象となる方は『18トリソミー』という染色体の病気を持って生まれて、現在高校生。
心室中隔欠損や難治てんかんの一つであるであるレノックス・ガストー症候群の診断を受けています。
このようなケースはきわめて少ないこともあり、そのお母さんにお話をおうかがいしました。
他の難病患者さんの生活していくためのヒントになればとの考えを持たれています。



インタビュー目次

〇出生時期の状況を教えてください

〇嫌なことに対して、どのように向き合っていますか?

〇制度面については、どのように感じていますか? 🔒

〇現在の学校生活での課題はありますか? 🔒

〇支援制度との関わり方について教えてください。 🔒


出生時期の状況を教えてください

〜障がいの可能性に直面して〜

出産予定日を迎えた健診の日でした。エコーを見つめる医師の口から「頭の脳の方に、影がある」との思いがけない言葉でした。

「もしかしたら、この子は障害があるかもしれない」、続けて「たまたま写っただけかもしれない」と、どこか軽い口調でした。

予定日を過ぎ、陣痛促進剤を使用しての出産でした。促進剤を使う中で、胎児の心拍が弱くなり、緊急帝王切開の可能性も示されましたが、結果的には陣痛が進み、比較的スムーズな出産でした。

普通に生まれたんですけど、これまでの出産とは明らかに違う空気がありました。

赤ちゃんが手元に来るまでの慌ただしさ。どこかただならぬ様子。

「上の子二人と違うなっていうところで、この子なんかあるな」っていうことを感じていたそうです。

まもなく、医師から18トリソミーの可能性が伝えられました。

心室中隔欠損、手の握り込み(グーの状態)、内反足といった特徴が見られの中、検査が行われた。
そして、出産から3〜4日後「18トリソミー」の確定診断が下されました。

結果が出るまでの時間は、決して長くはありませんでした。

当時は2000年代前半。今のようにインターネットで簡単に情報が得られる時代ではなく、それでも調べても出てくるのは、ほとんどがネガティブな情報ばかり。

「亡くなった」という結果だけが並び、その過程や生活についての情報は見つからない。

「何に気をつけて生活したらいいんやろ」っていうのはずっと思っていました。

医師や看護師に積極的に相談することはありませんでしたが、ただ一つ、医師に尋ねたことがありました。

「もし18トリソミーだったとして、積極的な治療はできるのか。先生ならどうしますか」

特に気になっていたのは、心臓の状態。どの程度の重さなのか、それがどれほどの影響を及ぼすのか。具体的な情報の少なさによって、将来への不安はとても大きかったです。


〜どう説明すればいいのか〜

子どもが生まれて、最初に頭に浮かんだのは「自分の両親にどう伝えるか」でした。

報告していいのかどうか「分からなかい」。

「おめでとう」と祝福されず、心配をかけてしまうかもしれない。

どこか「ごめんなさい」という気持ちがよぎりました。

一方で、家族の中では特別に何かっていうことはなかったのですが、ただ、ひとつ気がかりだったのは、年の近い姉の存在でした。わずか2歳差。保育所の利用や日常生活に制限をかける必要が出てくるかもしれない。

「申し訳なさは、ちょっと感じてた」

感染症に弱い可能性がある中で、実際、家族の誰かが風邪をひけば、家の中の空気は一気に張り詰めてしまいます。小さな体を守るために、日常の一つひとつに気を配る生活でした。

それでも、0歳からずっと一緒にいるので特別な気持ちっていうのはありませんでした。

この日常が「当たり前」になっていました。

むしろ難しかったのは、外の世界との関わりでした。

どう説明すればいいのか。

どこまで伝えるべきなのか。

18トリソミーは「短命であること」が特徴とされることが多ことから、だからこそ、その事実を伝えることが、相手にどんな影響を与えるのかが気になりました。

「聞かされる側にとっても、気を遣わせてしまうんじゃないかって」

将来の友人関係や周囲との距離感、見えない先のことまで想像してしまい、言葉を選び続ける日々でした。


〜静かな決意〜

医療現場での経験も、決して一様ではありませんでした。

出産した病院では、担当医にとって18トリソミーのケースは初めてに近いものだったため、十分な前例や情報がなく、手探りの対応が続いていました。

「どういう経緯で、どうなるのかっていう情報が、全くなかったんです」

その状況に対して、ある種の反発心的な感情が芽生えてきました。

「この子の生き方を、誰かの前例にしてやる」

そんな強い思いが、内側で静かに燃え始めていました。

もちろん、すべての医療者が同じではありません。前向きな言葉をかけてくれる人もいれば、そうでない人もいます。

「どうせ短命なんやろ」っていう感じで話す人もいて。訪問で来た看護師の言葉に違和感を覚え、関わりを断ったこともありました。

命の時間に向き合う中で、言葉の重さは想像以上に大きいものです。

だからこそ、誰と関わるかを選ぶこともまた、大切な判断でした。

家族の中では自然に受け入れられていく一方で、社会との接点では、言葉に迷い、距離を測り続ける。

その両方を抱えながら、日常は続いていく。

そしてその中で、ひとつ確かな変化がありました。

それは、「ただ受け入れるだけではない」という意志でした。


〜日常生活について〜

「変な言い方かもしれませんけど、ずっと座っているか、寝転がっているかなんです」

立ち上がることがほとんどない生活は、一見すると不自由に映るかもしれませんが、心臓より楽かなって感じています。
だから、強直発作や強直間代発作が出ても転倒のリスクが少ないので、『あ、出たな』っていう感じで。

食欲以外の面では比較的安定しています。だから、日々の生活の中で、特別な工夫や大きな目標があるわけではない。
ただ、「食べること」を守る。その一点に気を配りながら、穏やかな日常を積み重ねています。

赤ちゃんみたいな生活リズムなので。よく寝て起きたら遊ぶ、みたいな。だからそこまで「困っている」ということはないですね。

いちばん大事なのは「口から食べること」。経管栄養などは行っておらず、食事はすべて口から。

「注入はしていないので、口から食べないとダメなんです。だから、そこだけは一番神経を使っています」


嫌なことに対して、どのように向き合っていますか?

まず嫌なことは一旦スルーするようにしています。
無理に向き合おうとすると前に進めなくなることもあるので、あえて心にフタをすることも大事だと思っています。

ただ、「それでも向き合わないと前に進めない」と感じる場面では、少し姿勢を変えます。
自分の考えを伝えるというよりも、相手の話を聞くことを意識しています。
どう思っているのか、どうしたいのかを丁寧に聞いて、その中で落としどころを探していく感じですね。

場合によっては、私はほとんど話さないこともあります。まずは相手の言葉を受け止める。その中で自然と解決策が見えてくることも多いです。

あと、自分の中で「言うこと」と「あえて言わないこと」の基準があります。

例えば、民間で行われていることについては、基本的に口出しはしません。一方で、行政に関わることについては、しっかりと意見を伝えていくようにしています。その中でも対立するのではなく、やはり落としどころを探しにいくイメージです。.........



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