
神経免疫疾患の患者さんが日常生活で困りやすいこととして、中島先生は「疲労」を挙げました。
視力の低下やしびれ、まひなどは周囲にも伝わりやすい症状ですが、疲労は外から見えにくく、周囲に理解されにくいことがあります。
中島先生は、神経にダメージがあると、体が余計にエネルギーを使うと説明します。
「スマホの充電が早く切れちゃうような感じなんですよね。一生懸命使うので、電池切れを起こしてしまう。」
少し休めば回復することもありますが、無理をすると電池切れのように疲れが強く出てしまうことがあります。本人にとっては切実な症状でも、周囲からは「少し疲れているだけ」に見えてしまうことがあるため、理解が必要です。
また、暑さによって疲労が強く出ることもあります。中島先生によると、暑い環境では余計にエネルギーを使いやすく、疲労が強くなったり、過去に出た症状の後遺症が一時的に強く出たりすることがあります。そのため、夏の暑い場所での作業がしにくいと感じる患者さんもいます。
一方で、寒い時期には痛みやしびれが強くなることもあるそうです。暑さにも寒さにも影響を受けるため、季節や気温に合わせて無理をしすぎないことが大切です。
さらに、中島先生は「物忘れ」も患者さんが困りやすいことの一つとして挙げています。
「認知症のような症状ではないのですが、ちょっとした忘れ物をよくしたりする人は多いです。」
これは、認知症のように記憶そのものが大きく失われていくというよりも、神経にダメージがあることで、集中力や情報を処理する力が落ちたり、疲労の影響を受けやすくなったりするために起こることがあります。
そのため、「忘れっぽい」「注意力が続かない」といった症状も、本人の努力不足ではなく、病気に伴う見えにくい困りごとの一つとして理解することが大切です。
一方で、中島先生は、就労や社会参加について、必要以上に自分を制限しすぎる必要はないとも話します。
「しっかりと治療した上で、自分を制限する必要は全くありません。できることは何でもやってもらっていいと思います。」
神経免疫疾患があっても、適切な治療を受けながら、自分に合ったペースで生活や仕事、学び、社会参加を続けていくことはできます。大切なのは、無理を重ねることではなく、自分の体調の変化を知り、周囲の理解や支援も得ながら、できることをあきらめすぎないことです。
近年、神経免疫疾患の治療は大きく進歩しています。
中島先生は、再発予防の薬について「結構いいお薬が出てきている」と話します。
現在は、治療によって再発を抑えられる患者さんが増え、場合によっては病気の進行を抑えながら、よい状態を保てるようになってきました。
以前は、再発を繰り返し、症状が進行してしまう患者さんも少なくありませんでした。しかし、治療法が進歩したことで、再発が止まり、症状の進行を抑えられるようになった患者さんもいます。その変化に、満足感や安心感を持つ患者さんも多いといいます。
一方で、中島先生は、治療がうまくいって症状が落ち着いた後こそ、治療継続の難しさが出てくることがあると話します。
早期に診断され、治療によって症状がよくなると、患者さん自身が「なぜこのまま治療を続けなければならないのか」と感じることがあります。特に、症状が落ち着いている状態で治療を続けることは、患者さんにとって負担やストレスになることもあります。
「その後も一生続けて治療しなきゃいけないというところに、患者さん自身が、その意義や必要性をしっかり感じていない状態で治療すると、治療自体がストレスになってしまいます。」
そのため、中島先生は、治療を続ける必要性を丁寧に説明し、患者さんに納得してもらうことがとても重要だと話します。
視神経脊髄炎では、現在、複数の生物学的製剤が承認されています。ただし、治療は飲み薬ではなく、点滴や皮下注射剤によるものです。多発性硬化症でも、治療効果の高い薬は点滴や皮下注射剤が中心になることがあり、治療そのものが患者さんの負担になる場合があります。
中島先生は、飲み薬であれば一見続けやすそうに思える一方で、飲み忘れが起こる可能性もあると話します。病院で点滴や注射を行う治療には通院の負担がありますが、医療者が治療状況を確認しやすく、確実に薬を届けられるという面もあります。
治療法が進歩した今、再発を防ぎ、よい状態を長く保つことが期待できるようになってきました。だからこそ、患者さんが治療の意味を理解し、自分に合った治療を納得して続けていくことが大切です。
治療法の進歩によって、生活が大きく変わった患者さんもいます。
中島先生は、これまで診てきた患者さんの中で、治療を通して前向きになった方がいるかという問いに対し、まず「私が何か特別なことをしたというより、薬が良くなってきているので」と話しました。
以前は、症状や再発への不安から、外に出ることや働くことが難しくなり、引きこもりのような状態になっていた患者さんもいたといいます。しかし、治療薬の進歩によって再発を抑えられるようになり、体調が安定することで、再び生活を広げられる方も出てきました。
「それまで引きこもりのような状態になっていた患者さんが、フルタイムで働けるようになったりとか。そういうのは、薬を使うことによって元気になる患者さんはたくさんいました。」
もちろん、すべての患者さんが同じ経過をたどるわけではありません。症状の出方や生活環境、治療への反応は一人ひとり異なります。
それでも、適切な治療につながることで、体調が安定し、仕事や社会参加、日常生活の選択肢が広がる可能性があります。診断直後で不安を抱える患者さんやご家族にとって、こうした治療の進歩は前を向くきっかけの一つになります。
診断直後、患者さんやご家族は大きな不安を抱えます。
中島先生は、難病という病名を告げられたとき、多くの患者さんがパニックに近い状態になり、将来への不安を抱えると話します。
特に多発性硬化症は、20代の女性に診断されることもあります。進学、就職、結婚、出産、仕事など、これからの人生を考える時期に病気を告げられることで、将来に大きな不安や絶望を感じる方も少なくありません。
「難病なので、誰しもこういった診断を受けた時には、パニックになるというか、将来が先行き不安になる。特に多発性硬化症なんかは20代女性に多いところもあるので、これからという時期にそういった病気を抱えることによって、相当将来に絶望してしまうところがあると思うんです。」
そのような患者さんに対して、中島先生は、できるだけ前向きになれるように声をかけているといいます。現在は治療法があり、治療を続けることで、よい状態を長く保てる可能性があるからです。
「今は治療があるので、それをすることによって、一生、今のいい状態を続けることは可能だという話はしています。」
一方で、診断を受けても、病気をすぐに受け入れられるとは限りません。中島先生は、治療を拒否する患者さんもいると話します。その背景には、「自分がそんな病気のはずはない」という思いがあります。
特に、症状がない状態で診断された場合には、受け入れることがより難しくなることがあります。体調に大きな異変を感じていないのに、注射や点滴などの治療を続けるように言われても、患者さんにとっては納得しにくいことがあります。
「症状がない状態で診断して、それで注射で治療を続けましょうと言われても、受け入れにくいんですよね。自分がどこも悪くないと思い込んでいますし、治療なんかしなくても大丈夫というふうに、自分に言い聞かせてしまう。」
そうした患者さんに対して、中島先生は無理に治療を押しつけるのではなく、まずはその思いを受け止めるといいます。そのうえで、半年に1回ほどMRI検査を行い、炎症の広がりがないかを確認しながら、必要なタイミングで治療につなげられるように見守っています。
診断直後の不安も、病気を受け入れられない気持ちも、患者さんにとっては自然な反応です。だからこそ、医療者が一方的に治療を勧めるのではなく、患者さんの気持ちを受け止めながら、納得して治療に向き合えるよう支えていくことが大切だと感じられるお話でした。
長期的に病気と向き合ううえで、患者会や支援コミュニティ、信頼できる情報発信は大切な役割を持っています。
患者会には、同じ病気を経験した人同士だからこそ分かち合える思いや、日常生活の工夫を知ることができる心強さがあります。一方で、中島先生は、患者さん同士のコミュニティには難しさもあると話します。
「患者会に集まる方は、何かしらサポートを求めていることが多いと思います。ただ、症状も一人ひとり違うので、ほかの方の体験を聞いたときに、それをそのまま自分に重ねてしまうと、不安が大きくなることもあります」
神経免疫疾患は、症状の出方や経過が一人ひとり大きく異なります。そのため、ある患者さんの体験が、別の患者さんにそのまま当てはまるとは限りません。
患者会で語られる体験談は、病気と向き合ううえで大切な情報の一つです。ただし、それだけで自分の将来や治療方針を判断するのではなく、自分の病状に合った情報として受け止めることが大切です。
中島先生は、患者同士のつながりに加えて、研究班のホームページや学会のホームページ、専門的に情報発信をしている団体などから情報を得ることも重要だと話します。
「自分にとって重要な情報は何かとなった時に、研究班のホームページであるとか、学会のホームページであるとか、専門的に情報発信をしている団体から情報を得ることが大切だと思います」
また、行政や自治体による支援も、患者さんやご家族にとって大切な情報源です。医療費助成や福祉制度、生活支援など、具体的なサポートにつながる情報は、公的な窓口から得られることもあります。
さらに、患者会や支援団体、研究班などが主催する講演会や勉強会に参加することで、病気への理解を深めたり、新しい治療や生活に関する情報を得たりすることもできます。
患者さんやご家族にとって大切なのは、一つの情報だけに頼るのではなく、複数の信頼できる情報源を組み合わせながら、自分の病状や生活に合った情報を選び取ることです。
患者会、支援団体、研究班、学会、行政・自治体など、それぞれの情報や支援を上手に活用することが、安心して病気と向き合う助けになります。
この数年で、神経免疫疾患の治療は大きく変化しました。
中島先生は、「この5、6年で劇的に薬が変わってきている」と話します。
以前は、ステロイド剤や免疫抑制剤が治療の中心でした。しかし現在は、リウマチなどの分野と同じように、生物学的製剤による治療が広がってきています。
生物学的製剤は、免疫の働きに関わる特定の部分を狙って作用する薬です。中島先生は、こうした薬の登場によって、より強い効果が期待できるだけでなく、副作用を抑えながら生活できるようになってきたと話します。
「それまで免疫抑制剤とかステロイド剤で治療していた部分が、副作用の少ない生物学的製剤で治療して、それによってより強い効果であるとか、副作用が少ないという状況で生活できるようになった。」
今後は、さらに副作用が少なく、効果の高い薬が開発されていくことが期待されています。
また、多発性硬化症では、病気の原因がまだ十分に解明されていない部分があります。しかし中島先生は、薬の反応を調べることが、病気の仕組みを理解する手がかりにもなっていると話します。
たとえば、B細胞というリンパ球の一種があります。以前は、多発性硬化症の炎症にB細胞が大きく関わっているとは考えられていませんでした。ところが、B細胞を取り除く治療を行うと症状が良くなることが分かり、B細胞が多発性硬化症の自己免疫に重要な役割を持っていることが見えてきたといいます。
つまり、新しい薬は治療の選択肢を増やすだけでなく、「なぜ病気が起こるのか」を解き明かす研究にもつながっています。
現在も、新しい薬の開発や、飲み薬の試験などが進められています。中島先生は、今後さらにより良い薬が出てくることに期待を寄せています。
一方で、将来の治療の進歩を待つだけではなく、今ある治療を適切に受けることも大切だと話します。
「より良い薬が今後どんどん出てくると思うので、それを期待する中で、今できるベストな治療をやっぱり受けてほしい。」
治療法はこれからも進歩していく可能性があります。その一方で、現在使える治療をきちんと活用し、再発を防ぎ、よい状態を保つことが、今の生活と将来の選択肢を守ることにつながります。
最後に、中島先生から、神経免疫疾患の患者さんとご家族へメッセージをいただきました。
中島先生がまず強調したのは、適切な治療につながることの大切さです。
「治療法がだいぶ良くなってきたので、とにかくしっかり適した治療を受けるということですね」
神経免疫疾患の治療は、この数年で大きく進歩しています。だからこそ、自分に合った治療を見つけ、継続していくことが大切です。
もし治療方針に疑問を感じることがあれば、神経免疫を専門とする医師に相談したり、セカンドオピニオンを受けたりすることも一つの方法だと中島先生は話します。
「治療方針に少し疑問を感じたりしたら、神経免疫の専門医にセカンドオピニオンを受けたり、相談したりすることがあった方がよいかと思います」
一方で、適切な治療が見つかれば、日常生活の中で必要以上に自分を制限しすぎる必要はないとも話します。
病気になると、多くの人が「なぜ自分がこの病気になったのか」と考えてしまいます。食事が悪かったのか、生活習慣が悪かったのか、何かをしてしまったからなのか。そう自分を責めてしまう方もいるかもしれません。
しかし中島先生は、その問いに対して、医師であっても「なぜその人が病気になったのか」は分からないことが多いと率直に話します。
「なぜ自分がこの病気になったのかって考えてしまうと思うのですが、実際、我々も分からないんですよ。なぜその方がこの病気になったのかは分からない、と答えるしかないんです。」
だからこそ、必要以上に自分を責めたり、生活を狭めたりしなくてよい。中島先生の言葉には、そんな思いが込められていました。
「何かに気をつけたから病気が治るわけではないし、何かに気をつけたから再発が防げるわけでもない。病気に関しては、やっぱり薬で治療するしかない。だったら、好きなことをやればいい。」
もちろん、治療を受けなくてよいという意味ではありません。中島先生が伝えているのは、適切な治療を受けたうえで、自分らしい生活をあきらめないでほしいということです。
「きちんと適切な治療をして、好きなことをやってほしいと思います。」
神経免疫疾患と診断されると、将来への不安や、再発への心配を抱えることがあります。それでも、治療法は確実に進歩しています。自分に合った治療を受け、必要なときには専門医に相談しながら、できることを大切にしていくことが、これからの生活につながっていきます。
中島先生の言葉は、患者さんやご家族に対して、「病気だけを中心に生きなくていい」「治療を受けながら、好きなことをしていい」という、あたたかく力強いメッセージとして響きます。