
「やりたいことは、やってみる」
軟骨無形成症・後藤仁美さんインタビュー
「小さいことは、間違いじゃない」
そう優しく語ってくれたのは、軟骨無形成症の当事者であり、
モデル・俳優・ドラマーとして活動する後藤仁美さんです。
身長115cmという自身の体型を生かしながら、ファッションショーや舞台、映画、音楽活動など、
さまざまな分野で活躍している後藤さん。
現在は2歳のお子さんの子育てにも奮闘されています。
今回のインタビューでは、幼少期のこと、ドラムとの出会い、
モデル活動、結婚・出産、そして「自分らしく生きること」への想いについて、お話を伺いました。
〇「やりたいことは全部やる」活発だった子ども時代
〇ドラムとの出会いが教えてくれたこと
〇「かっこよくいたい」――モデル活動への想い 🔒
〇演じることの楽しさと見慣れてもらうこと 🔒
〇結婚、出産、そして子育て 🔒
〇「どんな選択でもいい社会になってほしい」 🔒
〇「やりたいことは、やってみる」 🔒

後藤さんは、生まれる前から「小さい子だね」と言われており、出生後に軟骨無形成症と診断されました。
ご家族にとっても、不安や戸惑いが全くなかったわけではありません。
けれど、「そのままでいい」という空気の中で育てられたことは、後藤さんにとって大きかったといいます。
幼い頃から性格はとても活発で、「やりたいことはやってみる」「好きなことは全力でやる」タイプだったと振り返ります。
外で遊ぶことが大好きで、家の中でじっとしているよりも、身体を動かしている方が自然だったそうです。
特に、お兄さんの存在は大きかったといいます。
お兄さんの影響で空手を始めたり、男の子たちと一緒に走り回ったり、秘密基地を作ったり――。
周囲の子どもたちと同じように、夢中になって遊ぶ毎日でした。
「兄の影響はすごく大きかったと思います。男の子の友達と遊ぶことも多かったですし、結構活発でした」
友達と外で遊びながら、「みんなと同じようにできること」が純粋に嬉しかったとも話します。
一方で、軟骨無形成症による身体的な制限については、小さい頃から少しずつ説明を受けていました。
首への負担を避けるために、でんぐり返しなどのマット運動は控えること。高いところから飛び降りないこと。激しい衝撃には注意すること――。
学校でも、「危ないからやめておこう」と言われる場面は少なくありませんでした。
それでも後藤さんは、「やりたい」という気持ちを簡単には諦めませんでした。
もちろん無理をするのではなく、“自分の身体と相談しながら”挑戦していたといいます。
「自分の身体のことは、自分が一番よくわかるので、“ここまでなら大丈夫”っていうのを、自分なりに考えながらやっていました」
特に印象に残っているのが、小学校時代のマラソン大会です。
みんなと同じ距離を走れないことに悔しさを感じ、自ら先生へ相談。少し早くスタートさせてもらう形で、クラスメイトと同じ距離を完走したそうです。
「みんなと同じ距離を走れたのが、本当に嬉しかったんです」
また、縄跳び大会では“早跳び”で1位になった経験も。
「普段は走るのが遅かったり、危ないからって一緒にできないことも多かったんです。
でも縄跳びは、自分が好きでずっと練習していたので、みんなと同じ条件で競って1位になれたのが嬉しかったです」
“できないこと”ばかりに目を向けるのではなく、“できること”を見つけて挑戦する。
その姿勢は、幼い頃から変わっていませんでした。
ただ、その一方で、学校生活では「周囲に迷惑をかけないように」と、自分の気持ちをあまり表に出さない子どもでもあったといいます。
周囲と違う身体だからこそ、「みんなに合わせなきゃ」「困らせちゃいけない」という気持ちを、どこかで抱えていたのかもしれません。
「家では踊ったり歌ったり、アイドルの真似をしたりしていました。でも学校では、あまり自分を出せなかったですね」
家の中では、好きな音楽に合わせて踊ったり、歌ったり、アイドルの真似をしたりするのが大好きだった後藤さん。
けれど学校では、“周囲に合わせる自分”でいることが多かったと振り返ります。
だからこそ、後にモデル活動や音楽活動を通して、“自分らしさ”を表現できるようになったことは、後藤さんにとって大きな意味を持っていたのかもしれません。
“できないこと”だけを見るのではなく、“どうしたらできるか”を考える――。
それは、後藤さんが子どもの頃から自然に身につけていた感覚だったのかもしれません。
「負けず嫌いだったんですよね」と笑う後藤さん。
周囲と違う身体だからこそ、工夫すること、自分なりのやり方を見つけることを、小さい頃から積み重ねてきました。
そしてその経験は、後のドラム活動やモデル活動、さらには子育てにもつながっていくことになります。
後藤さんが初めてドラムに触れたのは、10歳の頃でした。
きっかけは、お母さまが先生をしていたピアノ教室の発表会。
後藤さんの同級生がピアノを演奏することになり、その演奏に合わせて、後藤さんがドラムで参加することになったのです。
「友達がピアノで、私がちょっとドラムで音を入れるみたいな感じでした」

当時は、まだ“ドラムが好き”という意識が強くあったわけではなく、お母さまに教えてもらいながら、言われるままに叩いてみたという感覚だったそうです。
それでも、舞台の上で音を合わせる楽しさや、“みんなで一つの演奏を作る”感覚は、幼い後藤さんの中にしっかり残っていました。
本格的にドラムを始めたのは、高校時代。
同級生から「一緒にバンドをやろう」と声をかけられたことが、大きな転機になりました。
「その時、自分以外にドラムを叩ける人がいなかったんです。それで、“じゃあ私がやる”って感じで始まりました」
そこから後藤さんは、一気に音楽の世界へとのめり込んでいきます。
学校内だけでなく、学校外でも複数のバンドを掛け持ちし、ライブや練習に明け暮れる日々。周囲には演奏技術の高いメンバーも多く、
「自分はまだまだ初心者だ」と感じながらも、必死に練習を重ねていたといいます。
「毎日ずっと練習してました。本当に必死でしたね」
けれどその一方で、後藤さんの中には、ある葛藤もありました。
ドラムという楽器はサイズが大きく、一般的なセッティングは、後藤さんの身体には決して合いやすいものではなかったのです。
ペダルとの距離、スティックを振る角度、椅子の高さ、ドラムの位置――。
一般的なドラマーに合わせて作られた環境では、そのまま演奏することが難しい場面も少なくありませんでした。
そのため、後藤さんは子ども用の椅子を使ったり、ドラム全体を低めにセッティングしたりと、自分の身体に合わせた工夫を少しずつ積み重ねていったそうです。
「完璧なセッティングが最初からあったわけじゃなくて、“どうしたら叩きやすいかな”って、毎回考えてました」
工夫しながら、自分なりのやり方を見つけていく。
その過程そのものが、後藤さんにとって大きな学びになっていきました。
「“できないかも”って思ってたことが、工夫次第でできるんだって気づけたのが、ドラムだったと思います」
身体が小さいから無理だ、と最初から諦めるのではなく、「どうすればできるか」を考える。
その姿勢は、後藤さんの人生そのものにも通じているようでした。
また、ライブ活動を続ける中で、観客の反応も少しずつ変わっていったといいます。
最初は「小柄な女の子がドラムを叩いている」という驚きの目で見られることもありました。
しかし演奏が始まると、その音やパフォーマンスに引き込まれ、純粋に“ドラマー”として見てもらえる瞬間が増えていったそうです。
「“えっ、この人が叩いてるの?”って驚かれることも多かったんですけど、その反応がだんだん面白くなってきて(笑)」
“身体が小さいこと”が、ネガティブなものではなく、自分らしい個性や魅力として受け取られていく。
その経験は、後のモデル活動や表現活動にも大きくつながっていきました。
さらに、音楽を通して広がった“人とのつながり”も、後藤さんにとって大切な財産になっています。
同世代の仲間だけでなく、年齢も立場も違うさまざまな人たちと、セッションやライブを通して出会うことができました。
そこでは、身長や体型は関係ありませんでした。
「音楽って、体型とか関係なくつながれるんですよね」
どんな身体であっても、好きな音楽を奏でることができる。
そして、その音を通して人と心を通わせることができる――。
後藤さんにとってドラムは、“できない”を超えていく力を教えてくれた存在だったのかもしれません。………