脊髄性筋萎縮症 国立国際医療センター/荒川 玲子 先生インタビュー

荒川 玲子(あらかわ  れいこ)先生


国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター 臨床ゲノム科医長


 国立健康危機管理研究機構  国立国際医療研究所 メディカルゲノムセンター ゲノム医療研究推進室長

「SMAの子どもたちに育ててもらった」

荒川玲子先生が語る、SMA医療の20年と未来

脊髄性筋萎縮症(SMA)の医療は、この10年で劇的な変化を遂げました。

かつてSMAは、「治療法がない進行性の難病」と言われ、多くの患者さんやご家族が、限られた選択肢の中で日々を過ごしていました。

医療者にとっても、“病気の進行を見守ることしかできない”という無力感を抱えながら向き合わざるを得ない疾患でもありました。


しかし現在、SMA医療は大きな転換期を迎えています。

治療薬が次々に登場し、「治療できるSMA」の時代へと変わり始めています。

さらに、新生児マススクリーニングによる早期発見も全国に広がりつつあり、

“症状が出る前に治療する”という新しい医療の形も現実になってきました。


これまで救えなかった命が救われる。

歩けなかった子どもが歩く。

呼吸器が必要だった子どもが、自分の力で呼吸できる時間を増やしていく。


SMA医療は今、まさに歴史的な変化の中にあります。

その最前線で、長年SMAの患者さん、ご家族と向き合い続けてきたのが、

国立国際医療研究センター 臨床ゲノム科 医長の荒川玲子先生です。


荒川先生がSMAと出会ったのは、まだ研修医だった頃。

患者家族会のボランティア活動を通じて、SMAの子どもたちやご家族と出会ったことが、

医師人生の大きな転機になったといいます。


「重い障害があっても、本当に明るくて、賢くて、可愛い子たちだったんです」

病院の診察室では見えなかった、“生活の中で生きる子どもたち”の姿。

そして、その子どもたちを24時間支え続けるご家族の姿。


その出会いが、荒川先生をSMA診療・研究の道へ導きました。

以来20年以上にわたり、荒川先生はSMA医療の進歩を最前線で見つめ続けています。


治療法がなかった時代。

初めて治験が始まった時代。

「手が上がった」という小さな変化に涙した瞬間。

新生児マススクリーニングによって、生後間もない赤ちゃんへ治療を届けられるようになった現在。

SMA医療は、短い期間の中で大きく姿を変えてきました。


一方で、治療薬があるからこそ生まれる新たな課題もあります。

どの薬を選択するべきか。

長期的にどのような影響があるのか。

地域による医療格差をどう埋めるのか。

そして、「治療だけでは測れない幸せ」をどう支えていくのか――。


今回、日本患者支援財団では、荒川先生にインタビューを実施。

SMAとの運命的な出会いから、患者さんやご家族との歩み、治療薬によって変化した医療の現場、

そして未来への思いまで、じっくりとお話を伺いました。

インタビュー目次

〇「この子たちのために何かしたい」SMAと運命的な出会い

〇治療薬が変えた“SMAの歴史”

〇「呼吸器があっても、人生は広がる」 🔒

〇新生児マススクリーニングへの願い 🔒

〇SMA医療の未来へ 🔒

〇編集後記 🔒


「この子たちのために何かしたい」SMAと運命的な出会い

荒川先生がSMAと出会ったのは、まだ医師として歩み始めたばかりの研修医時代でした。


当時は、今のようにSMAの治療薬は存在しておらず、遺伝子診断もようやく広がり始めた頃。

SMAという病気そのものが、まだ社会の中で十分に知られていない時代でもありました。


そんな中、患者家族たちは、自分たちの力で支え合いながら活動を始めていました。

「どうすれば学校に通えるのか」

「どうすれば地域で暮らせるのか」

「どうすれば社会とつながれるのか」

ご家族同士が集まり、情報を共有しながら、子どもたちの未来について真剣に話し合っていたといいます。


その頃、家族会の中で、「子どもたちと遊んでくれるボランティアが欲しい」という声が上がりました。

荒川先生は、後輩に誘われ、そのボランティア活動に参加することになります。

会場となったのは、新宿区にある教会施設。

そこには、多くのSMAの子どもたちが集まっていました。


「本当に衝撃的でした」


荒川先生がまず驚いたのは、子どもたちの“明るさ”でした。

電動車椅子を自由自在に操りながら、元気いっぱいに動き回る子どもたち。

友達同士で笑い合い、冗談を言い合い、大人顔負けの会話をする姿。


「みんな、本当に賢くて、おしゃべりで、明るかったんです」


病院では“患者さん”として見ていた子どもたちが、そこでは一人の“子ども”として生き生きと過ごしていました。


「車椅子をまるでカーレースみたいに乗りこなしていて(笑)。本当に可愛かったんです」


一方で、荒川先生は、その子どもたちを支えるご家族の姿にも大きな衝撃を受けます。

夜中も続く吸引。

呼吸状態の変化への緊張。

24時間365日続く医療的ケア。

慢性的な睡眠不足。

将来への不安。


「病院の中だけでは、見えていなかった現実がそこにはありました」


親御さんたちは、命を守るために必死でした。

それでも、その表情には、“子どもを幸せに育てたい”という強い想いがあったといいます。


「どうやったら普通学級に通えるか」

「どうやったら友達と一緒に過ごせるか」


そんな話を真剣にしている親御さんたちの姿を見て、荒川先生は心を動かされました。


「この子たちのために、自分にできることをしたい」


その思いが、荒川先生の人生を大きく変えていきます。

もともと小児科を志していた荒川先生でしたが、この出会いをきっかけに、小児神経の道へ進むことを決意。

さらに、SMAの治療研究に携わりたいという思いを強く持つようになりました。


しかし当時、SMAは“治療法のない希少難病”と考えられていた時代です。

「そんなニッチな疾患を専門にするのか」と言われることも少なくなかったそうです。

それでも、荒川先生の気持ちは揺らぎませんでした。


「私は、SMAの子どもたちに魅了されたんです」


その後、大学院ではSMAの研究に取り組み、治療研究やバイオマーカー研究などにも携わるようになります。

そして時代は大きく変化していきました。

治療法がないと言われていたSMAに、治療薬が登場。

子どもたちの運動機能が改善し、「手が上がる」という小さな変化に、医療者も家族も涙した時代。

荒川先生は、その歴史を最前線で見続けてきました。


「ここまでSMA医療が変わるなんて、当時は想像もできませんでした」


それでも、荒川先生の原点は変わっていません。

“病気”だけを見るのではなく、

“その子の人生”を見ること。

そして、ご家族とともに歩みながら、子どもたちの未来を考え続けること。


研修医時代に出会った子どもたちとの時間は、今も荒川先生の医療の原点になっています。


「SMAの子どもたちやご家族に、私は本当に育ててもらったんです」


その言葉には、20年以上にわたり患者さんと向き合ってきた荒川先生の深い想いが込められていました。

治療薬が変えた“SMAの歴史”

SMA医療が大きく変わり始めたのは、治療薬の登場でした。


それまでSMAは、「進行を見守ることしかできない病気」と言われることも少なくありませんでした。

呼吸や栄養、リハビリなどの支持療法を続けながら、少しでも穏やかに過ごせるよう支えていく――。

医療者にとっても、ご家族にとっても、「治したい」という思いがあっても、できることには限界がありました。


そんな中、作用も投与方法も異なる効果の高い薬剤が数年間隔で登場しました。

原因遺伝子に直接アプローチするこれらの薬は、世界中のSMA医療を大きく変えました。


「本当に革命的でした」


荒川先生は、当時の衝撃をそう振り返ります。


特に印象に残っているのは、治験でのある出来事でした。

「それまでほとんど動かなかった子が、自分の力で手を上げたんです」

ほんの小さな動きかもしれない。

けれど、その瞬間は、長年SMA診療に携わってきた医療者たちにとって、“歴史が変わった瞬間”でもありました。


「神経変性を止めるだけではなく、改善させる可能性がある薬が本当に存在するんだ、と衝撃を受けました」


かつては「できない」と思われていたことが、少しずつ「できる」に変わっていく。

座れるようになった。

呼吸状態が安定した。

学校に通えるようになった。

夢を語れるようになった――。


治療薬は、単に症状を変えただけではありません。

患者さんやご家族の“未来の描き方”そのものを変えていったのです。


一方で、治療の選択肢が増えたからこそ、新たな悩みや葛藤も生まれています。

どの薬を選択するべきなのか。

どのタイミングで治療を始めるべきなのか。

併用や切り替えはどう考えるのか。

そして、治療を受けた子どもたちが10年後、20年後にどのような人生を歩むのか――。


「まだ答えの出ていないことも、本当に多いんです」


特にSMAは、患者さん一人ひとりで症状や進行のスピード、生活環境が異なります。

だからこそ、“正解が一つではない医療”でもあります。


「治療薬がある時代になったからこそ、医療者側も“その子らしい人生”を一緒に考えていかなければならないと思っています」


また、早期診断の重要性も大きく変わりました。

現在は、新生児マススクリーニングによって、症状が出る前にSMAを見つけられる地域も増えてきています。


「発症前に治療できる時代になったことは、本当に大きいです」


実際に、早期治療によって運動機能の維持・改善が期待できるケースも増えてきました。


しかしその一方で、「症状が出ていない段階で治療を始める」という難しさや、

ご家族の心理的負担、地域医療体制の課題など、新たなテーマも見えてきています。


それでも荒川先生は、今の時代を前向きに捉えています。


「昔は、“何もできない”ことが一番つらかった。でも今は、悩みながらでも“できることを考えられる時代”になったんです」


SMA医療は、この20年で大きく進歩しました。

けれど荒川先生は、「本当に大切なのは、薬だけではない」と話します。

患者さんがどんな人生を送りたいのか。

どんな夢を持ち、どんな日常を過ごしたいのか。


治療の先にある“その人らしい人生”を支えていくこと。

それこそが、これからのSMA医療に求められているのかもしれません。................



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