2026/5/8 公開
本記事では、重症心身障害児を中心に、「障害児の移行期医療・移行期支援とは何か」を現場の視点から解説します。
近年、新生児医療や小児救急医療の進歩により、高度な医学的管理が家庭でも行えるようになりました。
その結果、日常的な医療的ケアを必要とする子どもたち(医療的ケア児)が地域で暮らし、成人期を迎えられる時代となっています。
厚生労働省の推計では、在宅の医療的ケア児(19歳以下)は約2万人にのぼり、この10年あまりで倍増しています。
特に低年齢層や人工呼吸器を使用する方の増加が著しく、重症度の高いお子さんが今後も増えると推測されています。
しかし、小児期から成人期へ移り変わる「移行期」を迎えるにあたって、不安や戸惑いを抱えているご家族も少なくありません。
「大人になっても今の小児科で診てもらいたい」「この複雑なケアを誰がわかってくれるのか」といった声をよく耳にします。
移行期医療は単なる転科ではなく、患者さんの「良質な医療を受け続ける(権利)」体制を継続することだと私は考えています。
そのため私たち医療者には「良質な医療を提供し続ける」体制を構築するお手伝いをしていく義務があるのです。
本記事では2回にわたり、「重症心身障害児の移行期医療」についてお話しします。
前編となる今回は、「移行期医療の理解と現場の課題」をテーマにお伝えします。
移行期医療は「しなければならない負担」ではなく、ご本人の将来を見据え、年齢やライフステージに適した医療や生活基盤を整える前向きなステップです。まずは現状の課題や、制度と現場のギャップを知ることから、少しずつ移行に向けた準備を始めていきましょう。
小児科から成人向けの診療科へと医療の主体をバトンタッチしていくプロセスを「移行期医療」と呼びます。
健常なお子さんであれば、「高校を卒業したから」といった節目で自然と内科へ行くようになります。
しかし、てんかんや知的障害、脳性麻痺、染色体異常といった基礎疾患を持ち、複数の合併症を抱え、日常的な医療的ケアを必要とする重症心身障害児(者)にとって、この移行は容易なことではありません。
「18歳になったから、明日から内科へ転科してください」というような単純な転科では済まされないのが、重症心身障害児における移行期医療の大きな特殊性です。
※転科:小児科から内科など、主に年齢や疾患に応じて診療科を変更すること
移行が難しく感じられる背景には、小児医療と成人医療における診療スタイルの決定的な違いがあります。
小児科医は「小児の総合診療医(ジェネラリスト)」です。
基礎疾患の治療だけでなく、日々の栄養状態、呼吸管理、消化器症状、日常的な発熱や感染症対応まで全身を包括的に診療します。
一方で、成人診療科は高度に専門分化された「スペシャリスト」です。
例えば、脳神経内科医は神経疾患の専門家ですが、呼吸器や消化器の専門家ではありません。
そのため、小児科医が一人で担ってきた複雑な全身管理のすべてを、大人の診療科の医師一人が丸ごと引き継ぐことは現実的ではなく、過大な負担となります。
だからこそ移行にあたっては、一人の「何でも診る」主治医から、日常の健康管理を行う「かかりつけ医」、基礎疾患を診る「専門診療科」、複数の「併存症の診療科」などが連携して支える「チーム体制」へと変化していく必要があるのです。
「ずっと小児科で診てもらいたい」と願うご家族のお気持ちは非常に理解できますが、移行することには明確なメリットがあります。
患者さんは成長に伴い、身体の構造やホルモンバランスが変わり、かかりやすい病気や必要なケアも変化していきます。
年齢に適した成人期特有の疾患対応や、成人専門医への相談といった面では、やはり成人領域の医療機関に強みがあります。
最新の優れた薬剤に精通している成人診療科へ移行したことで、改善しなかった症状が良くなったケースもよく聞きます。
適切な成人医療へ移行できたご家族は、これらの利点をしっかりと実感されているのです。
また、成人移行はご家族中心の医療から、ご本人の自立支援や自己管理、自己決定を尊重する「患者中心」の診療スタイルへとステップアップしていく過程でもあります。
成人移行は医療の枠組みを超えて、ご本人が「その人らしい生活」を送るために非常に重要視されるプロセスなのです。
では、実際に移行を進めようとしたとき、現場ではどのような課題が生じるのでしょうか。
これらには大きく分けて、「三者の障壁」「医療制度と現場のギャップ」「ケアの過度な個別化」という要因があります。
移行が円滑に進まない背景には、小児科医、成人診療科医、そして患者さん・ご家族側のそれぞれに「障壁」が存在すると私は考えています。
第一に、小児科医側の障壁です。
急性期を乗り越えて長年一緒に歩んできたという絆や「こんな大変な患者さんを成人診療科が受けてくれるはずがない」という思い込みから、小児科医は診療を抱え込みがちです。
しかし、小児科医は必ずしも成人領域の疾患や社会福祉制度に精通しているわけではありません。
移行が進まない原因の多くは、小児科医の役割を丸ごと引き継ごうとしている点にあります。
小児科医の担ってきた機能を仕分けして、それぞれを適切な診療科へ丁寧に繋ぐことで移行は進みます。
小児科医が単独で診療を続けることは、患者さんが望ましい成人医療や社会資源へアクセスする機会を逸するリスクとなります。
第二に、成人診療科医側の障壁です。
長い病歴や複雑なケアが未整理のまま紹介されると、「小児科医の担ってきた全身管理をすべて引き受けなければならないのでは」と誤解し、受け入れを躊躇してしまいます。
また、多くの成人診療科医師は小児期発症の疾患への不慣れさを感じているとも報告されています。
しかし、実は小児科医も稀少疾患は「相談できる専門家」に頼りながら診療しています。
つまり、受け入れを躊躇する理由は「不慣れ」ではなく「相談先がわからないこと」なのではないでしょうか。
診療を完全に引き継ぐのではなく、成人移行後も小児科医が「相談できる専門家」として成人診療科の医師を支え続けることが受け手にとっての安心につながると考えます。
第三に、患者さん・ご家族側の障壁です。
長年見守ってくれた小児科医との強い信頼関係があるため、診療スタイルの異なる成人医療には大きな不安が伴います。
「小児科以外で診られるはずがない」といった不信感や、相談先がわからないという情報不足が不安を増長させます。
しかし、メリットに目を向け、しっかりとした医療連携体制を築いて移行することは、多くの専門家に見守ってもらえる「セーフティーネット」ができることだと前向きに捉えていただきたいと思います。
制度上は利用可能に見えても、現場では受け入れが難しいという現実的な壁も存在します。
それが診療報酬の年齢制限などによる課題です。
例えば、入院医療における「15歳・20歳の壁」です。
小児病棟の「小児入院医療管理料」は原則15歳(特定疾病対象者は20歳)未満にしか算定できず、年齢を超えると小児病棟への入院は困難です。
一方、成人病棟には重症心身障害者を受け入れるインセンティブがなく、多大なケアは現場の過大な負荷となります。
地域包括ケア病棟でのレスパイト受け入れ事例も徐々に増えてきていますが、看護師の配置が手薄で安全管理上多くの方を同時に受け入れることはできません。
また、在宅医療における「15歳・20kgの壁」もあります。
「小児経管栄養指導管理料」は、15歳以上で「体重20kg未満」しか算定できず、対応する成人の医学管理料がありません。
栄養状態が良く20kg以上を維持していると算定対象から外れ、医療材料費が医療機関の持ち出しとなって在宅医が受け入れを躊躇する要因となっています。
こうした制度上の壁が、移行の難しさに拍車をかけています。
そして、移行期に特に留意すべき重要な課題が、ご家庭で行われている「医療的ケアの過度な個別化」です。
ご家庭の工夫によるケアは素晴らしい反面、「その子だけの特殊な手順」や「家族にしかできない職人芸」になってしまうと、成人期の施設受け入れの大きな障壁となります。
施設が受け入れを拒否する主な原因は病状の重さではなく、ケアの手順が複雑すぎて安全に対応できない点にあるのです。
個別性の高すぎる特殊なケアは、ご本人の社会参加の機会を奪うだけでなくご家族の心身を疲弊させる一因にもなります。
ご本人の生活の場を広げるためには、ケアを誰でも安全に実施できる標準手技へ「シンプル化」する必要があります。
投薬回数の1日2回化や注入手順の簡素化により、施設で対応できる可能性が広がります。
実際、投薬が複雑なほど救急受診リスクが高く、ケアの標準化が致死的なリスクを激減させたという報告もあります。
特殊な個別ルールを見直し、標準的なケアに整えておくことは、将来の選択肢を守るために欠かせない準備です。
重症心身障害児の移行期医療には、三者の障壁、制度上の壁、そしてケアの個別化など様々な課題が存在します。
しかし、これらは決して乗り越えられないものではありません。
ご家族と医療者がこれらの課題をあらかじめ共有し、少しずつ早めに準備を進めておくことで、成人後も「良質な医療を受け続ける」環境を築くことができるのです。
次回の「後編」では、今回の課題を踏まえ、小児期から成人期へ具体的にどのような情報を引き継ぐべきか、
また、ご家族と医療者がどのように協働して移行期支援を進めていけばよいのか、より実践的な内容をお伝えします。

生田 陽二 先生
院長
資格
日本小児科学会 小児科専門医(指導医)
日本小児神経学会 小児神経専門医
日本てんかん学会 てんかん専門医(指導医)
日本臨床神経生理学会専門医(脳波分野)
専門分野
てんかん学、小児神経学