重症心身障害児の移行期医療(後編)|医療や生活をどうつなぐか、家族と支援者で進める移行準備のステップ

2026/6/18 公開

はじめに

近年、新生児医療や小児救急医療の進歩により、高度な医学的管理が家庭でも行えるようになり、多くの医療的ケア児が地域で暮らしながら成人期を迎えられる喜ばしい時代となりました。


前編では、重症心身障害児の移行期医療において生じやすい「三者の障壁(小児科医、成人診療科医、ご家族)」や、
診療報酬の年齢制限などの「制度上の壁」

そして成人期の施設受け入れを見据えてケアを「シンプル化(標準化)」しておくことの重要性について解説しました。


移行期医療は、単なる「診療科の変更(転科)」ではなく、
患者さんが大人になっても「良質な医療を受け続ける権利」を守るための継続的なプロセスです。

小児医療の手厚い保護から離れることに不安を感じるご家族も多いですが、年齢や身体の変化に適した成人医療へ移行することには、
専門的な疾患対応や最新の治療を受けられるという明確なメリットが存在します。


後編となる今回は、より実践的な準備に焦点を当てます。

小児期から成人期へ具体的にどのような医療情報やケア体制を引き継ぐべきか、
また、ご家族と医療者がどのように協働して移行に向けた準備を進めていけばよいのか、その具体的なステップをお伝えします。


1. 小児期から成人期へ引き継ぐべき医療情報とケア体制

移行を成功させるためには、小児科医やご家族が長年蓄積してきた膨大で複雑な情報を整理し、新しい支援者や成人診療科の医師に正確に引き継ぐことが極めて重要です。


1) 命と生活を守る「情報ファイル」の作成と共有

ご家庭で行われているケアの手順やご本人の状態は、ご家族の頭の中に「暗黙知」として記憶されていることが多くあります。

しかし、緊急時や初めて受診する医療機関では、これらを短時間で正確に伝える必要があります。

そのための有効な手段が、誰が見ても一目でわかる「情報ファイル」の作成です。 

災害対策の「もしもの備え」と同様に、以下の情報を1つのファイルにまとめておくことをおすすめします。


  • 本情報:診断名、アレルギーの有無、内服薬、かかりつけ医などの緊急連絡先。
  • ふだんの様子:バイタルサイン(体温、心拍数、SPO2など)の平常値、具合のよい時と悪い時の様子の違い。
  • 医療的ケアの具体的内容:人工呼吸器などの設定値、吸引チューブの挿入長や太さ、経管栄養の内容や注入時間、薬剤の投与方法などの具体的な手順。
  • 緊急時の対応策:「こういう症状が出たときは、このように対応する」という具体的なルール。
  • 配慮事項:体位交換のコツ、吸引を嫌がるタイミング、好きな遊びや落ち着く方法など、生活の質に関わる情報。


このファイルに加えて、病歴の簡単なまとめやお薬手帳を一緒に保管し、常に携帯したり、自宅のすぐに持ち出せる場所に置いておくことが大切です。

近年では、てんかん発作記録アプリであるnanacaraなどのスマートフォンなどで管理できるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)アプリといったICTツールの活用も情報の引き継ぎに非常に有用です。


2) 「いつもの状態」と「緊急時の対応(レッドフラッグ)」の明文化

日々の体調変化を最も早く察知できるのは、お子さんの「いつもの状態」を五感(表情、活気、機嫌、肌の色つや、呼吸の音など)で理解しているご家族です。

支援者はこのご家族の「何となくおかしい」という感覚を最優先に尊重すべきです。 

移行先で初対面の医師や訪問看護師と安全に関わるためには、「様子を見ていいのか、すぐに受診・救急要請すべきか」の判断基準となる「レッドフラッグサイン(危険な徴候)」をご家族と医療チームで事前に定義し、共有しておく必要があります。


 例えば、「呼びかけへの反応が鈍い(意識障害)」「顔色や唇の色が悪く、呼吸が止まりそう(呼吸障害)」「5分以上続くけいれん」「水分が全く摂れず半日以上尿が出ない」「気管内吸引や胃残から大量に出血している」といったサインが見られた場合は、迷わず救急要請や緊急受診を行うといった具体的なルール化(フローチャートの作成)が命を守ります。


3) てんかんなど基礎疾患の確実な引き継ぎ

重症心身障害児の多くが合併する「てんかん」などの基礎疾患については、専門医への詳細な情報提供が欠かせません。

国際抗てんかん連盟(ILAE)が提唱する「新しい医師へ伝えるべき10のこと」が引き継ぎの指標として役立ちます。 


具体的には、発作の分類(焦点性か全般性か)、初めて発作を起こした時期、現在の正確な発作頻度、悪化の要因、これまでに使用して効果がなかった・副作用が出た薬剤の履歴、発作の家族歴、脳波やMRIなどの検査結果、手術や神経刺激療法、ケトン食などの治療歴です。


長年の経過を整理して伝えることで、新しい成人診療科の専門医も「どこから治療を見直すべきか」をスムーズに判断でき、不要な検査や合わない薬の再投与を避けることができます。


4) 地域差を考慮した医療連携体制の構築

前編で述べた通り、小児科医が一人で担ってきた「全身管理」を、成人診療科の医師一人が丸ごと引き継ぐことは現実的ではありません。

そのため、「日常の健康管理を行うかかりつけ医」「基礎疾患を診る専門診療科」「併存症の診療科」「救急・入院に対応する医療機関」の4つの医療機能が連携するチームを地域で構築していく必要があります。 


しかし、医療資源には地域差があります。てんかん専門医や高度な三次医療機関が近くにない地域にお住まいの方もいらっしゃるでしょう。

その場合は、地域のかかりつけ医を軸としつつ、遠方の専門クリニックやてんかんセンターと連携し、医療者間の遠隔相談を活用するなど、地域の実情に応じた柔軟なネットワークを作ることが重要です。


基礎疾患の専門医(ここは小児期発症疾患のスペシャリストである小児科医が担当しても良い)が「かかりつけ医と高度医療機関の架け橋(ハブ)」となってチームを支える仕組みも選択肢のひとつとなります。


2. 家族・医療者が一緒に進める移行期支援のステップ

成人移行への準備は、1日や2日で終わるものではありません。

数年がかりで計画的に進めるプロセスです。


1) 準備はいつから? 10代前半からのロードマップ

移行の準備は、できれば10代前半(10〜13歳頃)から少しずつ開始することが望ましいとされています。


この時期から、将来の生活(居住の場、就労や日中活動の場など)に関する現実的な計画について、ご家族と主治医で話し合いを始めます。

14〜15歳頃には移行計画の見直しを行い、16〜17歳頃には成人期にかかる医療機関や福祉施設への見学・検討など、具体的な移行に向けたアクションを起こします。


このプロセスを通じて、これまでご家族が主体となって保護・代行してきた医療から、ご本人の自立や自己決定を最大限尊重する「患者中心の医療」へと少しずつシフトしていくことが、移行期支援の本来の目的です。


成人移行へのスケジュール(目安) 

  • 10代前半(10〜13歳頃):【準備開始】 将来の生活(居住、就労、日中活動など)について主治医と話し合いを始める
  • 14〜15歳:【計画の見直し】 移行計画のブラッシュアップを行う
  • 16〜17歳:【具体的な検討】 成人期の医療機関や福祉施設の見学・検討など、具体的なアクションを起こす
  • 18歳〜20歳:【制度の切り替え】 小児慢性特定疾病から指定難病などへの申請手続きを行う


2) 医療制度や福祉サービスの切り替え準備

年齢の経過とともに、利用できる医療費助成や福祉制度も大きく切り替わるため、事前の情報収集と準備が必要です。


例えば、小児期に利用していた「小児慢性特定疾病医療費助成」は、原則18歳(申請により最大20歳)で終了します。

そのため、引き続き助成を受けるには「指定難病医療費助成」への切り替え申請が必要になる場合がありますが、小児の対象疾患が必ずしも大人の指定難病に対応しているとは限らない点に注意が必要です。

制度としては存在していても、現場でそのままスライドできないというギャップが生じ得ます。


また、精神・神経疾患の治療にかかる医療費の負担を軽減する「自立支援医療(精神通院)」や、障害者手帳の取得による医療費助成(マル障など)、医療費が高額になった場合の「高額療養費制度」など、成人期に活用できる制度を早めに把握し、申請漏れで負担が急増することがないよう、ソーシャルワーカーや相談支援専門員、行政の窓口などに相談しておきましょう。

ポータルサイトやわかりやすいガイドブックなどの資材を活用して、ご家族で早期から制度について学習しておくことも非常に有効です。


3) 「どう生きたいか」を話し合うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)

移行期は、ご本人の将来を見据えて「アドバンス・ケア・プランニング(ACP:人生会議)」について話し合いを始める良いタイミングでもあります。 


ACPと聞くと、終末期の心肺蘇生を行わない(DNAR)といった重い決断だけを想像されがちですが、本来は「ご本人がどのような生活を望み、どのような価値観を大切にしているか」を共有するための前向きなプロセスです。


重症心身障害児の場合、急な感染症などで急激に体調が悪化するリスクと常に隣り合わせです。

いざという時に、高度な医療介入をどこまで望むのか、あるいは住み慣れた自宅での穏やかな時間を優先するのか。

ご本人の意思(推測される意思を含む)を真ん中に置き、ご家族と在宅医療チームで平時から繰り返し対話を重ねておくことが重要です。

事前の話し合いがあることで、緊急時のご家族の心理的負担や迷いを軽減し、ご本人にとって最善の医療とケアを提供することにつながります。


4) 家族全体(きょうだいを含む)を支える視点

在宅での医療的ケアは、ご家族の多大な愛情と努力によって支えられていますが、その負担は計り知れません。

特に多くのご家庭で母親がケアの大部分を担い、慢性的な睡眠不足や疲弊を抱えている現状があります。


また、「きょうだい」の存在も忘れてはなりません。

きょうだいは、親に心配をかけまいと「良い子」でいようと我慢したり、親と関わる時間が少ないことで寂しさや複雑な感情を抱えていることが少なくありません。「お兄ちゃん・お姉ちゃん」ではなく名前で呼び、一対一で向き合う特別な時間を作ることや、いざという時に預かってもらえる場所を日頃から確保しておくなど、きょうだいが孤立しないような配慮が必要です。

患者家族会やきょうだいの会などの情報を得てつながりを持つことも、ご家族全体の孤立を防ぐ重要な支援となります。


平時からレスパイトケア(短期入所など)を計画的に利用し、ご家族が心身の平静を保ち、「家での生活が一番」と心から思えるような支援の仕組みを地域全体で作っていくことが求められます。


おわりに

2回にわたり、「重症心身障害児の移行期医療」についてお伝えしてきました。


移行期医療は、長年慣れ親しんだ環境の「喪失」ややむを得ず進めなければならない「負担や義務」ではなく、ご本人の成長に伴うライフステージの変化に合わせて医療体制をより望ましい形にアップデートしていくとても大切な過程です。


「ケアのシンプル化」「情報ファイルによる可視化」「早めからの情報収集」など、できることから少しずつ準備を始めることで、未知の成人医療に対する不安は、多くの専門家に見守られるという安心へと確実に変わっていきます。


どうかご家族だけで抱え込まず、主治医や地域の支援者と手を取り合いながら、お子様の豊かで健やかな成人期に向けた一歩を踏み出していただければ幸いです。


この記事の執筆者紹介

 

生田 陽二 先生

東小金井神経・脳神経内科クリニック

院長 


資格

日本小児科学会 小児科専門医(指導医)

日本小児神経学会 小児神経専門医

日本てんかん学会 てんかん専門医(指導医)

日本臨床神経生理学会専門医(脳波分野)


専門分野

てんかん学、小児神経学



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