脊髄性筋萎縮症 青木敬也さん インタビュー


「自分らしく生きる」ために選んだ一人暮らし

脊髄性筋萎縮症とともに生きる 青木敬也さんインタビュー

脊髄性筋萎縮症(SMA)を抱えながらも、地域での一人暮らしを実現し、自分らしい生活を築いている青木敬也さん。

現在は重度訪問介護を活用し、24時間体制で支援を受けながら日々の生活を送っています。支えられる側でありながらも、その一方でSNSを通じた発信や、訪問介護事業の立ち上げに向けた取り組みなど、社会に対して新たな価値を発信し続けています。

幼い頃から病気と向き合いながら歩んできた青木さんですが、その中でたどり着いたのは、「自分らしく生きること」の大切さでした。施設ではなく地域で暮らすこと、一人の生活者として日々を選び取っていくこと。

その選択の背景には、これまでの経験や葛藤、そして未来への強い想いがあります。


今回のインタビューでは、現在の生活の実際や一人暮らしを選んだ理由、日常の中で大切にしている考え方について詳しく伺がいました。また、外出時に感じる課題や社会との関わり、SNS発信に込めた想い、そしてこれから挑戦していきたいことについても語っていただいています。

青木さんの言葉から見えてくるのは、「制約がある中でも、自分の人生を自分で選び取る」という力強いメッセージです。その生き方は、同じ病気を持つ方だけでなく、多くの人にとってのヒントや勇気につながるはずです。


インタビュー目次

〇一人暮らしという選択と、その背景

〇生活を支える仕組みと工夫

〇日常生活で大切にしていること 🔒

〇外出で感じる課題と、それでも外に出る理由 🔒

〇支えてくれる人への感謝 🔒

SNS発信のきっかけと想い 🔒

落ち込んだときの向き合い方 🔒

同じ境遇の方へのメッセージ 🔒

これからの夢 🔒

最後に 🔒

一人暮らしという選択と、その背景

青木さんは現在、重度訪問介護を利用しながら地域での一人暮らしをされています。

日常生活のあらゆる場面において支援が必要な中で、複数のヘルパーが交代で24時間体制のサポートを行い、その生活が成り立っています。

「ヘルパーさんに24時間支えていただきながら生活しています。もう一人暮らしを始めて3年半ほどになります」

一見するとハードルが高く感じられる一人暮らしですが、そこに至るまでには、時間をかけた準備と強い意志がありました。

青木さんにとってこの選択は、単なる生活スタイルの変化ではなく、「これからどう生きていくか」を見据えた大きな決断でもありました。


一人暮らしを選んだ理由の一つには、ご家族への思いがあります。


「親は小さい頃からずっと支えてくれていました。ただ、年齢を重ねるにつれて負担が大きくなっていくのも感じていました。

だから、いずれは自分で生活できるようになりたいと考えていました」

長年支えてくれたご家族への感謝と同時に、「このままではいけない」という想いが、少しずつ自立への意識を強くしていったといいます。


さらにもう一つの大きな理由が、「自分らしく生きること」でした。

「施設という選択肢もあると思いますが、どうしても自由度が限られてしまう部分があります。

例えば、外に出たいと思ってもすぐに出られなかったり、食事も決まったものを食べることになったり。自分のタイミングで動けないことが多いんです」


生活の自由度は、そのまま「自分らしさ」に直結します。青木さんにとって、自分の意思で選び、行動できる環境はとても重要なものでした。

「筋力が徐々に低下していく病気でもあるので、元気なうちに環境を整えておきたいという気持ちもありました。だからこそ、一人暮らしに踏み出そうと思いました」

将来を見据えた現実的な判断と、「自分の人生を自分で選びたい」という想い。その両方が重なり、青木さんは一人暮らしという道を選びました。


生活を支える仕組みと工夫

青木さんの現在の生活は、多くの支援者によって成り立っています。

重度訪問介護を活用し、複数のヘルパーが曜日や時間ごとにローテーションを組みながら、24時間体制で日常生活を支えています。

「同じ人に頼りすぎると、その方が体調を崩したときに一気に支援が途切れてしまうんです。

例えば、1人のヘルパーさんに週3回入ってもらっている場合、その方が急に来られなくなると、その分の時間がすべて空いてしまう。だから、リスクを分散するために複数の事業者と契約して体制を作っています」


日常生活のあらゆる場面でサポートが必要な青木さんにとって、「誰が・いつ・どのように支えるか」という体制づくりは、生活の安定そのものに直結します。

そのため、特定の人に依存しすぎない仕組みを意識的に整えてきました。


また、ヘルパーの配置は単なるスケジュール管理ではなく、「万が一」に備えたリスクマネジメントでもあります。

感染症の流行や体調不良など、予測できない事態が起きた際にも生活が止まらないよう、常に余白を持たせた体制づくりが求められます。

こうした生活基盤を整えるまでには、決して短くない時間がかかりました。


「一人暮らしを始めるまでに、体制づくりには2〜3年かかりました。

実際にやってみて初めて分かることも多くて、少しずつ調整しながら今の形になっていきました」


試行錯誤を重ねながら、自分にとって最適な支援体制を築いてきた青木さん。

その背景には、「安心して暮らし続けるためには何が必要か」を常に考え続けてきた姿勢があります。


「ヘルパーさんがいないと、トイレに行くこともできません。だからこそ、どこか一つでも欠けると生活が成り立たなくなる。

そのリスクを前提にして、どうすれば安定して生活できるかを考えて仕組みを整えることが大切だと思っています」


一人暮らしは決して「一人で頑張ること」ではなく、多くの人と支え合いながら成り立つもの。

その中で青木さんは、自ら主体的に仕組みを作り、選び、整えていくことで、自分らしい生活を実現されています。.....



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