CIDPと向き合う画家・イラストレーター 古山拓さんインタビュー
画家・イラストレーター 古山拓さんの素敵なお話を前後編に分けて、お届けします。
【目次】
7. 🔏今も続く痛み、しびれ、感覚の麻痺
8. 🔏見た目には分からない症状と、仕事先への伝え方
9. 🔏日常生活と仕事で取り入れている工夫
11. 家族の支えと、暮らしを変える決断
12. noteで闘病録を書き続ける理由
13. しびれや痛みが続く方へ
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画像は、古山拓さんご家族の許可を頂いて掲載しております。
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CIDPによる手の震えや感覚の変化は、絵の描き方にも影響しています。
細かな描画が難しくなり、思ったところに線が行かないことがあります。古山さんは、これまでと同じ描き方にこだわるのではなく、別の方法を探すようになりました。
「手が若干震えたりするっていう症状があるんです。指先が。細かい描画は難しくなってきたんですね」
「思ったところに筆がピッと行ってくれない。コンマ何ミリかなんですけど、自分がここに塗りたいんだけど、ズルッとずれちゃうとかね」
「だったら、そういう筆は使わないで、別のタイプの筆を使い、別の描き方をしようっていうことをやるようになってきています」
病気によって、当たり前だった描き方を変える必要が出てきました。その変化を、古山さんは表現の方法を探すこととして受け止めています。
「今まで当たり前に慣れてた描き方っていうのは、それがダメなら、捨てちゃって、描きやすい描き方を探して表現する。そういうふうに気持ちを持って行くようにしています」
退院直後には、水彩ではなくオイルパステルで抽象画を描くことが、自分の感覚に合ったといいます。
「退院した直後に、オイルパステルや、クレヨンで描く、抽象画がとっても気持ちよかったりしたんですよ」
「オイルパステルという画材は指で描けるんですね。指で伸ばせる。それがすごく、その時に自分の感覚にピタッときてて、これはいいな、と」
「水彩とは違うんだけれども、自分の今の心を表現するのに、一番ぴったり来てるわって感じが見つけられたんです。それは嬉しかったですよね」
描きたいものにも、少しずつ変化があります。風景を描くことは変わりませんが、より心象風景に近いものを表現したいという思いが強くなってきました。
「風景を描くのが僕の場合は多いですけども、もっと心象風景というか、心の模様によった表現がしたいというふうに、すごく強くなってきています」
好きなモチーフのひとつであるフランスのモンサンミッシェルも、何度も描いてきた題材です。しかし、今は単にその風景、景色を描くのではなく、その時々の心の色を重ねたいといいます。
「モンサンミッシェルが好きなんです。何枚も何枚も描いてます」
「その時のいろいろ心の模様っていうか、色合いっていうか、そういうのをモンサンミッシェルに重ねたくなってきています」
「ただただ描くんじゃなくて、どんな風景でも、自分の気持ちの色っていうのを出していきたいっていう思いが、すごく強くなってきているんです」
作品を見た方からの言葉も、古山さんの励みになっています。オーダー作品では、記念のための絵や家族の肖像を依頼されることもあります。
「オーダーの作品も引き受けるんですけれども、描き上げて、お渡しすると、すごく喜ばれます。それが僕は嬉しい。」
「記念のための絵を描いてほしいとか。先日も旦那さんの70歳のお祝いかな。それをするので描いてほしいと、その家族の肖像みたいな」
「絵で誰かの役に立てれば嬉しいですよね。やっぱり」
CIDPとともに暮らす中で、古山さんの生活は少しずつ変化していきました。
歩く速度が遅くなる。階段の上り下りに不安が出る。車の運転や移動にも、以前とは違う慎重さが必要になる。そうした変化は、本人だけでなく、家族の暮らしにも関わってきます。
古山さんは、現在の生活の中で、奥さまの支えが大きいと話します。たとえば、車の運転も、今は奥さまに担ってもらうことが多くなっているそうです。
「今、車の運転はほとんど妻にやってもらってるんです」
診断がつくまでの時期も、奥さまは古山さんの体調を心配していました。整体や治療院に通ってもよくならず、原因が分からない状態が続く中で、家族もまた不安を抱えていたといいます。
「妻もすごく心配していました。整体とか何回も通っても全然良くならないし」
病名が分かったことは、不安がすべて消えることではありません。けれど、何が起きているのか分からない状態から、治療の方向性が見える状態になったことは、家族にとっても大きな意味がありました。
一方で、病気とともに暮らしていくには、治療だけでなく、日々の生活環境を見直すことも必要になります。
古山さんは最近、住まいを変えました。以前は一軒家を自宅兼仕事場にしており、2階も仕事場として使っていました。しかし、CIDPによって足に支障が出るようになり、階段の上り下りに危険を感じるようになっていました。
住み慣れた場所を離れることは、簡単な決断ではありません。自宅であり、仕事場でもあった場所を変えることは、生活の形だけでなく、仕事の環境も変えることになります。
その大きな決断を後押ししてくれたのが、奥さまでした。
「引っ越しにしても、僕の妻が、それこそ絶対今引っ越した方がいい、と」
古山さんにとって、それは「大決断」でした。けれど、今の生活にしがみつくのではなく、これからも安全に暮らし、仕事を続けていくためにどうするか。その視点で背中を押してくれたことに、深い感謝を感じているといいます。
「結構な英断なんですけどね。そう背中を押してくれた」
「それまでにしがみつくんじゃなくて、前に行くためにはどうしたらいいかっていうのをおかげで考えることができた。もう感謝しかないです」
病気とともに暮らす中では、できなくなることや、変えざるを得ないこともあります。けれど、それは必ずしも後ろ向きな変化だけではありません。
階段のない住まいに移ること。移動の方法を見直すこと。家族と相談しながら、これからの暮らし方を考えること。
古山さんの話からは、家族の支えが「何かをしてもらうこと」だけではないことが伝わってきます。時には、本人が迷う大きな決断を一緒に考え、前に進むための選択を後押ししてくれることも、大切な支えになります。
病気になる前の生活にそのまま戻ることだけを目指すのではなく、今の体で安全に、できるだけ自分らしく暮らしていくために環境を整える。古山さんにとって今回の引っ越しは、そのための大きな一歩でもありました。
古山さんは、CIDPとの日々をnoteで発信しています。
発症から診断に至るまでの経過、治療入院のこと、痛みやしびれとの付き合い方、仕事や暮らしの変化。そうした記録を、今も書き続けています。
その理由には、ご自身が診断までに時間がかかった経験がありました。
「これはもう端的に、僕がCIDPと診断されるまで時間がかかったので、同じような人が、数は少ないけど、いるかもしれないと思ってですね」
足先のしびれから始まり、整体や鍼灸院、整形外科を受診しながらも、なかなか原因が分からなかった時間。古山さん自身が「これは何なのだろう」と探し続けた経験があるからこそ、同じように不安を抱えている人の手がかりになればという思いがありました。
「そういう人が自分は何なんだろうと思った時に、僕のブログが1つの指標になるといいなと思って書いてました」
CIDPは、身近に同じ病気の人がすぐに見つかるとは限りません。診断されたばかりの方や、まだ診断にたどり着いていない方にとって、実際に病気と向き合っている人の経験を知ることは、大きな支えになることがあります。
古山さんのもとには、同じ病気の方からメッセージが届くこともあるそうです。
「たまに、同じ病気の方からのメッセージが来たりとかもありますよ」
実際に、自分の発信が届いていることを感じた出来事もありました。入院中に、同じCIDPの若い患者さんと偶然出会った時のことです。その方は、古山さんのnoteを読んでいたといいます。
「この間入院した時に、同じ病気の若い方に会ったんです。本当に偶然ですけど。そしたら、その方、僕のブログ読んでてくれたの」
その方も、情報を探す中で古山さんの発信にたどり着いていました。原因が分からない時、診断されたばかりの時、治療の見通しが見えない時、患者さんやご家族は少しでも手がかりになる情報を探します。
古山さんがnoteを書き続けているのは、そうした人が見つけやすい場所に、自分の経験を残しておきたいという思いがあるからです。
「回を重ねているのは、できるだけ、そういう人が見つけやすいようにするためです」
「一回記事にしただけじゃ、もうネットの海に埋もれちゃいますでしょう。そのためには繰り返し書いて、コンテンツを増やしておかないと」
闘病録を書くことは、自分の体験を整理するだけではありません。まだ病名が分からず不安な人、診断されたばかりで情報を探している人、治療を続けながら暮らしている人にとって、誰かの実体験は大きな手がかりになります。
もちろん、病気の経過や治療の効果は人によって異なります。古山さんの経験が、そのまま誰かに当てはまるわけではありません。
それでも、「同じようなしびれを経験した人がいる」「診断まで時間がかかった人がいる」「治療を受けながら仕事を続けている人がいる」と知ることは、不安の中にいる人にとって、孤独を少し和らげるきっかけになります。
古山さんは、noteで発信を続ける理由を、最後にこう話してくださいました。
「誰かの役に立てばいいなと。せめて」
CIDPとともに暮らす現在の古山さんにとって、描くことが表現であるように、闘病録を書くこともまた、誰かとつながるための表現になっています。
自分の経験を、必要としている誰かに届く形で残していく。
その積み重ねが、古山さんの現在の活動のひとつになっています。

原因の分からないしびれや痛みが続いている方に向けて、古山さんは「怖がらないで、とにかく早く受診すること」が大切だと話します。
「変な病気じゃないかとか、あの病気じゃないかって、疑心暗鬼になって不安になるのはすごく分かるんですけど」
神経の病気は、筋肉や関節の不調とは違う場合があります。もちろん、すべてのしびれがCIDPにつながるわけではありません。それでも、症状が続く時には、専門の診療科につながることが大切だと古山さんは感じています。
「神経の病気っていうのは、やっぱり専門に診てもらわなければいけないような気がしてるんですね」
古山さん自身も、鍼灸院の先生から精密検査を勧められたことが、受診につながるきっかけになりました。
「僕はその鍼灸院の先生から、検査してもらった方がいいと思いますよって言われたから、思い切っていきました。そして今につながっている」
病名が分かることは、不安がすべて消えることではありません。けれど、次にどうするかを考えるための出発点になります。
「分かったことで、じゃあ、それならどうやっていこうかっていう道すじが見えると思います」
「もちろん、いつも前向きってわけではなくて、当然立ち止まるときもありますけど」
古山さんは今も、痛みやしびれと向き合いながら、治療を続け、絵を描き続けています。
体の状態に合わせて住まいを変える。杖やヘルプマーク、音声入力を使う。これまでの描き方が難しくなれば、別の描き方を探す。水彩だけでなく、オイルパステルや抽象表現にも手を伸ばす。
病気によって変わることはあります。けれど、古山さんはその変化の中で、自分の表現を続ける方法を探しています。
「自分の気持ちがスッと出れるような描き方、そういうことを気にかけて、絵に向かっています」
CIDPとともに生きる日々は、簡単なものではありません。それでも古山さんの言葉には、病気を抱えながらも、暮らし方や働き方、描き方を少しずつ変えながら前へ進もうとする姿がありました。
しびれや痛みが続いて不安な方にとって、古山さんの経験は「早めに相談すること」と「今の自分に合う方法を探していくこと」の大切さを伝えています。
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