―福山型先天性筋ジストロフィーの娘と歩む、加藤さくらさんが大切にすること
加藤さくらさんの素敵なお話を前後編に分けて、お届けします。
【目次】
8. 卒業旅行もBEGINも。「やりたい」を周囲へ伝え続ける
10. 🔏家族それぞれが「自分の人生」を諦めない
11. 🔏きょうだいの感情も、否定せずに受け止める
12. 本や映画で伝えたかったこと
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マコさんが16歳になった今、加藤さんが強く意識しているのが、親離れと子離れです。
18歳以降をどこで、誰と、どのように暮らすのか。
親が亡くなった後だけでなく、親が元気なうちから考える必要がある一方、レスパイトの場やグループホームなどの選択肢はまだ十分ではないと感じています。
「親が離れられない」のではなく、「離れる選択肢がない」ことも
親離れ・子離れを考えるうえでは、家族の気持ちだけでなく、利用できる支援や暮らしの場の少なさも大きな課題です。
家族が休息をとるためのレスパイト先が少なく、そもそも一時的に預けることが難しいという声もあります。成人後に親元を離れて暮らそうとしても、重い障害のある人が利用できるグループホームやシェアハウスなどは、まだ十分ではありません。
「親が預ける勇気を持てないという面もありますが、そもそも預け先がないこともあります。親から離れて暮らす場所を探しても数が少なく、『自分たちでつくるしかないのか』という話になることもあります」
自分の子どもが暮らす場を、親自身がつくらなければならないような状況は、家族にとって大きなプレッシャーになります。加藤さんは、子どもの生活の場を整える責任を家族だけに背負わせるのではなく、親と子がそれぞれの人生を選べるよう、地域や社会の側に選択肢が増えていく必要があると感じています。
「親には親の人生、子どもには子どもの人生という考え方は、子育て全般で私が大切にしている軸です」
この考え方に出会ったのは、長女が生まれた後に受けた「親業」というペアレントトレーニングでした。子どもは自分とは別の人間であり、それぞれに別の人生がある。当たり前にも思える考えでしたが、マコさんに重い障害があると分かると、その軸が一度は吹き飛び、「この子は私が見なければ」という思いに傾いたそうです。
「もう一度振り返ってみたら、障害があるかどうかにかかわらず、この子にはこの子の人生がある。分けて考えなければ、おかしなことになってしまうと思いました」
加藤さんにとっての自立は、何でも一人でできるようになることではありません。必要なときに家族の助けを借りることや、頼れる人、いわば“依存先”を増やすことも自立の大切な要素だと考えています。
「手足を動かすことが難しいマコが、すべてを一人で行うのは現実的ではありません。でも、ヘルパーさんなど、一緒にやってくれる人を周りに増やし、親の手を借りなくても生活できるようにすることは、自立につながると思っています。彼女には、彼女なりの自立の形があります」
加藤さんがその考えを深めたのは、自分以外の人と過ごすマコさんの表情を見たこともきっかけでした。
「親といるから幸せなのではなく、私以外の人と一緒にいるときにも、マコはとても豊かな表情をします。私は万能でもスーパーヒーローでもありません。私だけで抱え込めば、かえって彼女の人生を狭めてしまう。いろいろな人と出会い、過ごす時間を増やした方が、彼女の人生は豊かになると思いました」

マコさんは、発語によって長い会話をすることは難しいものの、表情や反応、限られた言葉を通して、はっきりと意思を示します。
時には加藤さんに「ママ、あっち」と伝え、自分の時間を求めることもあるそうです。
お姉さんが高校の卒業旅行で大阪へ行ったと知ったときには、マコさんも卒業旅行に行きたいと伝えました。
加藤さんが「ママと行く?」と聞くと答えは「ううん」。
保育園時代からの友達と、沖縄へ行きたいという希望でした。さらに、同行してほしい大人についても、自分の希望を示しました。
そこで加藤さんが周囲に話すと、同世代の若者たちが「一緒に行く」と手を挙げてくれました。
一人は、マコさんが福祉の専門学校の授業に関わる仕事をした際に出会い、現在は介護福祉士として働く女性。もう一人は、活動を通じて縁のできた医師の娘さんで、マコさんと同い年です。
現在は高校卒業後の旅行を目標に、自宅に泊まりに来てもらったり、一緒に外出したりしながら準備を進めています。
「マコは、いい意味で限界を知りません。『できない』を知らないので、やると決めたらやるし、やれない理由が分からない。本人が諦めていないから、周りも諦める意味が分からなくなってくるんです」
加藤さんが担うのは、マコさんの思いを言葉にし、周囲へ届ける役割です。
「『こういうことをやりたいと娘が言っているんだよね』『BEGINに会いたいと言っているんだよね』と、周りに言い続けます。そうすると、『よし、手伝おう』と言ってくれる人が現れ、循環が生まれます。私は、その架け橋なのかなと思っています」
人との縁を自分たちだけのものにせず、同じような立場の仲間にも共有し、「一緒にやらない?」と声をかけることも大切にしています。危険が心配なときは、必要な安全対策を具体的に洗い出し、一つずつ対応します。困りごとが多いからこそ、「どうすればできるか」を考え、実現できたときの手応えも大きいといいます。
加藤さんは現在、一般社団法人mogmog engineの共同代表として、摂食嚥下障害のある人と家族の食を支える活動に取り組んでいます。
活動の原点には、マコさんの食事の変化がありました。
マコさんは現在、胃ろうを使用していますが、幼い頃からずっと食べることが難しかったわけではありません。
授乳は少し苦手だったものの、離乳食を経て、家族と同じ普通食を食べていた時期もありました。ところが、小学校低学年頃から筋力が低下し、噛む力、さらに飲み込む力が少しずつ弱くなっていきました。
「一度食べられていたものの形が変わっていく、という段階を経験しました。見た目が大きく変わったペースト食は、最初は受け入れられませんでした。家族と同じものを食べていないという違和感もあったのだと思います」
そこで、ペースト状にした料理をもう一度成形して、元の料理に近い見た目にしたり、家族も一緒に食べられる「濃いポタージュ」や「スムージー」として食卓に出したりしました。その経験から生まれたのが、「インクルーシブフード」という考え方です。食べる力に違いがあっても、できるだけ同じ食卓で、同じものを楽しめる選択肢を増やしたいと考えています。
活動は、親同士が気軽に話せる「スナック都ろ美」というコミュニティから始まりました。集まった困りごとを社会課題として解決するには、自治体や企業と連携するための法人格が必要だと考え、共同代表の長嶺さんと一般社団法人mogmog engineを設立。レシピや商品を紹介・販売するECサイトも運営しています。
子どもに限らず、「食を諦めなくて大丈夫」と伝えたい
「スナック都ろ美」の活動を続けるなかで、摂食嚥下障害のある人だけでなく、食べる力が弱くなってきた人にも役立つレシピや商品など、さまざまな情報が集まりました。
そこでmogmog engineは、レシピ集「もぐもぐレシピ」と、食べやすさに配慮した商品を扱うECサイトを立ち上げました。
対象は子どもだけではありません。加齢や病気などによって噛む力、飲み込む力が変化した高齢者を含め、食べることに困難のある幅広い人に向けた取り組みです。
「食べる力が弱くなってきても、食をずっと諦めなくて大丈夫だと伝えたいと思っています。困っている方がたくさんいるだけでなく、食を楽しみたいと思っている方がたくさんいることも、活動を通して分かりました」
「『介護食』と聞くだけでは、食べたい気持ちが湧きにくいことがあります。
でも『おしゃれなスムージー』『濃いポタージュ』と言われたら、受け止め方が変わるかもしれません。介護食は大切な選択肢だからこそ、食べることを楽しめるような見せ方や価値を高めていきたいと思っています」
思いを周囲へ伝える姿勢は、企業との取り組みにもつながりました。Soup Stock Tokyoの構想に、摂食嚥下障害のある人に向けた取り組みが記されていることを知り、つながりを探して企画を届けた結果、食べやすさに配慮した食の取り組みを一緒に進める機会が生まれたといいます。
加藤さんは、家族の歩みや自身の思いを、本や映画を通じても伝えてきました。
最初の著書『えがおの宝物』は、家族を描いたドキュメンタリー映画『えがおのローソク』を見た出版社から声がかかったことがきっかけでした。
「当時は、障害のある子どもたちのことやバリアフリーという考え方が、今以上に知られていませんでした。まず知ってもらうことが大事だと感じていました。心理学を学んでいたこともあり、障害のある子どもが生まれた後、親の心がどのように変化していったのかを言葉にして残せたら、誰かの役に立つかもしれないと思ったんです」
一冊目が書店で「闘病記」の棚に置かれたことには、少し違和感が残りました。
自分たちは闘うことだけをしているのではなく、ただ日々を生きている。その後、多くの人とつながり、さまざまな企画を形にする中で、人生がさらに楽しくなっていきました。二冊目の『障害のある子が生まれても。』には、もっと明るく、日常の延長として届けたいという思いを込めました。
「診断直後に絶望していた自分へ、『ちゃんと幸せになれるから大丈夫』『面白い人たちと出会って、こんなに楽しい人生になっているよ』と伝えたかった。その本が、同じ状況にいる方にとって、何かのヒントになればと思いました」
映画『えがおのローソク』の題名には、マコさんが3歳の誕生日にろうそくの火を吹き消し、「4歳の誕生日にもまた吹き消そう」と未来へつなぐ意味が込められています。
近年は、障害のある子どもたちが無人島などで冒険する姿を描いた映画『Return to My Blue』にも、マコさんがメインキャストとして出演しました。安心と安全を守るだけでなく、命を守りながら冒険できる環境を大人がつくることも大切だと、加藤さんは考えています。

最後に、子どもの病気や障害を突然告げられ、先が見えずにいるご家族へ伝えたいことを伺いました。
加藤さんはまず、「置かれている状況は一人ひとり違うため、安易なことは言えない」と前置きしました。
「病気や障害があるという事実は、事実としてあります。ただ、その子がどんな瞳で、どんな表情で生活しているかは、別の軸だと思うんです」
痛みなどのつらい症状があれば、医療につなぎ、少しでも和らげることが必要です。
一方で、子どもの心は元気で、生きるエネルギーにあふれているのに、周囲の大人だけが落ち込んでいることもあります。
「落ち込む時期も、悩む時期も、悲しむ時期も大切です。それとは別に、子どもが今どんな表情をしているのか、どんな瞳で生活しているのかを、心のどこかに置いてほしいと思います。そこを別の軸として見ることができると、次にどうしたらよいのかが、おのずと見えてくることもあるのではないでしょうか」
障害があることだけで、マコさんの人生を決めつけない。親だけで抱え込まず、多くの人とのつながりの中で、本人の「やりたい」を言葉にし、実現できる方法を探す。加藤さんとマコさんは、今もそれぞれの人生を歩みながら、新しい選択肢を広げ続けています。
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