鳥越勝さん(とりちゃん)の素敵なお話を前中後編に分けて、お届けします。
【目次】
6. 30歳で病気を公表。「病気で生まれたことに何か意味があるんじゃないか?」
9. 🔏職場に伝えて感じたこと。理解と配慮、そして社内制度の壁
10. 🔏YouTube「とりすま」チャンネルを始めたきっかけ
11. 🔏発信で大切にしているのは「重くなりすぎないこと」
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とりちゃんが病気をオープンにする大きな転機を迎えたのは、30歳のころでした。
仕事が忙しかった時期を過ぎ、少し時間ができたときに、「このままの働き方でいいのか」「何のために生きているのか」と考えるようになったそうです。
「こんな働き方をしていていいんだっけ、意味あるんだっけって、いろいろ考えてモヤモヤしていました」
そのころ、親友に相談したことをきっかけに、自分の生き方を問い直す方を紹介してもらい出会いました。
「あなたはこれからどう生きていきたいですか?って聞かれて、答えられなかったんです」
なぜ答えられなかったのか。考えていくうちに、とりちゃんは、自分が「病気以上のこと」を考えてこなかったことに気づいたといいます。
「病気だから何かをしなきゃいけないとか、病気だから何かができないとか、病気に決められた範囲でしか物事を考えていなかったんです。病気だから勉強頑張っていい大学にいっておかないとね、とか。自分が何をしたいかというより、病気の範囲内で何ができるかしか考えたことがなかった」
そこから3か月ほど、とりちゃんは悶々と考え続けました。
そして、ある日ふと思ったそうです。
「この病気で生まれたことに何か意味があるんじゃないか」
その気づきが、病気を隠す生き方から、病気の自分を受け入れ、外に出していく生き方へと変わるきっかけになりました。もちろん、すべての人がそう思わなければいけないということではありません。あくまで、自分自身の人生を考えたときに、そう意味づけられるかもしれないと思ったんです。
「今まで隠そうと思っていたのが、今度は大々的に言いたい、言わなきゃいけない、みたいに180度変わりました」
まずは仲のいい友人や、信頼できるコミュニティの中で話すことから始めました。そこで返ってきた反応は、とりちゃんの想像よりもずっと温かいものでした。
「最初に話した時に、フィードバックしてくれた方たちがすごく温かい人が多くて、病気のことを言ってもいいんだと思えました。自分の経験には価値があるって思わせてくれたんです」

病気をオープンにし始めたころ、とりちゃんにとって大きな出来事がありました。それが、車椅子パラグライダーの体験です。
「オープンにして、何かが変わり始めて、最初の成功体験というか。障がい者・難病者としての自分を認め、何かを最初にやったっていう場面が、車椅子パラグライダーでした」
それまで、病気のことを人に話すことは怖さもありました。話したらどう思われるのか、不利益を受けるのではないか。そんな不安もありました。
でも、少しずつ話していく中で、周りの人が温かく受け止めてくれたことが、とりちゃんの背中を押していきました。
「言ってもいいんだ、みたいな。自分の経験には価値があるって思わせてくれたというか」
そのころ、とりちゃんは車椅子パラグライダーを体験しました。最初の体験は動画には残っておらず、残っているのは写真だけです。それでも、とりちゃんにとっては大きな一歩でした。
「パラグライダーをしたこと自体も大きかったんですけど、障がいがある自分が車椅子で挑戦したことに対して、周りの人が反応してくれたんです。自分の経験って、誰かに届くものなんだなと思いました」
それまでとりちゃんにとって、病気や障がいは「認めたら負け」のような感覚があったといいます。
「病気のことを、逆に自分が差別していたというか。認めたら負け、障がい者になってしまう、そんな感覚があったんです」
「病気が自分のアイデンティティに大きく関わっているって考えた時に、自分の一部として、ちゃんと認めて生きていく方がいいし。まあ、それを役に立てる方法もあるんじゃないかなと思うようになりました」
そう思えるようになったことで、とりちゃんの中で、病気や障がいの意味は少しずつ変わっていきました。
病気を隠していたころは、できないことや見られ方に意識が向きやすかったといいます。けれど、病気を自分の一部として受け止めるようになってからは、「どうすれば自分らしく生きられるか」「この経験を誰かのために生かせないか」と考えるようになっていきました。
車椅子パラグライダーは、その変化を象徴するような体験でした。
「障がいがあるからこそそのチャレンジには価値があるんだ」「自分の経験を話してもいいんだ」。そう思えたことが、その後の発信や挑戦へとつながっていきました。
病気を受け入れてからしばらく後のことだったので、車椅子に乗り始めることへの抵抗もほとんどなかったといいます。
「昔の自分だったら、すごく嫌だったのかなと思います。でも、病気を受け入れてからしばらく経ったときのQOLが上がるんだったら乗った方がよくない?と思いました」
歩くことは、生活の中のひとつの手段です。その手段に体力や精神力を使いすぎてしまうよりも、車椅子を使うことで、やりたいことや大切なことに力を使えるようになる。
「歩くというただの手段に体力とか精神力を消耗するのって、もったいないなと思ったんです。だったら車椅子に乗って、やるべきことに体力を使った方がいいよね、という考えに変わりました」
頼れるものは頼る。使えるものは使う。
それは、病気に負けることではなく、病気とともに生きるための工夫でした。
「それまでは一人で抱え込んで、隠して、がむしゃらにあがいてきた感じでした。でも、病気と共に生きていこうと考えるようになりだんだん変わっていきました」
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