「選択肢をあきらめない人生」
生後10か月でSMAと診断。それでも19歳で起業した佐藤仙務さんの歩み
「障がいがあるから、できない。」
そう思われることは少なくありません。
しかし、佐藤仙務さんは、「できない」ではなく、「どうすればできるか」を考え続けてきました。
生後10か月で脊髄性筋萎縮症(SMA)と診断され、幼い頃から身体に障がいがありながらも、19歳で会社を設立。
現在はWeb制作をはじめ、訪問介護・訪問看護など幅広い事業を展開し、多くの人の「選択肢」を広げる活動を続けています。
前編では、診断当時のお話や幼少期、そして起業に至るまでの歩みについて伺いました。
〇生後10か月で診断。「35年前では、とても珍しいことだった」
〇「5~10歳までしか生きられない」――ご家族が受けた大きな衝撃
〇障がいを受け入れるのではなく、「選択肢が少ない」ことを知った 🔒
〇「選択肢を増やしたい」――19歳で会社を設立 🔒
〇何もないところからのスタート 🔒

佐藤さんが脊髄性筋萎縮症(SMA)と診断されたのは、生後10か月のことでした。
現在では、新生児マススクリーニングの導入や遺伝子検査の普及により、
生まれて間もない時期にSMAが見つかるケースも増えています。
しかし、佐藤さんが診断を受けた約35年前は、病気そのものの認知度も低く、
診断技術も十分ではありませんでした。
そのため、原因が分からないまま何年も過ごしたり、
大人になってからようやく病名が判明したりする患者さんも少なくなかった時代です。
佐藤さんには年齢の近いきょうだいがいました。
そのため、お母様は兄弟との成長の違いから、「何か様子が違う」と感じるようになったといいます。
「一人目の子どもだったら気付かなかったかもしれません。でも、兄弟がいたので『この時期ならこういう動きをするはず』
『発達の様子が少し違う』ということが分かったようです。」
その後、保健師から大学病院での受診を勧められ、専門医のもとで検査を受けた結果、
生後10か月でSMAと診断されました。
「今でも診断まで時間がかかる方は多いですよね。
でも僕の場合は、保健師さんが『大学病院で診てもらったほうがいい』と勧めてくださって、
比較的早く診断につながりました。」
現在診てもらっている先生方からも、
「35年前にSMAの診断がついたこと自体、本当に珍しいことだった」と言われるそうです。
当時は専門医であっても診断が難しい時代だったことを考えると、
早い段階で適切な医療につながったことは、とても貴重なケースだったのでしょう。
一方で、診断がついたからといって、すぐに未来への希望が見えたわけではありません。
当時は治療法もほとんどなく、病気についての情報も限られていました。
ご家族は、突然告げられた病名と、その先に待っている現実を受け止めながら、
手探りの日々を歩み始めることになります。
診断がついたことで病名は分かりました。
しかし、それ以上にご家族の心に深く刻まれた言葉がありました。
それは、医師から告げられ
「5~10歳までしか生きられない。」
という説明でした。
「母が一番ショックだったのは、病名よりも、その言葉だったと聞いています。」

病名を初めて耳にした不安に加え、「この子は長く生きられないかもしれない」という現実を
突きつけられたご両親は、どれほどの悲しみや戸惑いを抱えたことでしょう。
病気について調べようにも、今のようにインターネットで情報を集められる時代ではありません。
同じ病気の患者さんやご家族とつながる機会もほとんどなく、将来どのような生活を送れるのか、
成長していけるのかさえ分からないまま、不安な日々を過ごされていたそうです。
今以上に情報が乏しかった時代の中で、手探りで前に進んでこられました。
一方で、佐藤さんご本人は、生まれたときから障がいとともに生活してきたため、ご家族とは少し違った感覚を持っていたといいます。
「障がいを受け入れる、という感覚はあまりありませんでした。」
佐藤さんにとって、それは"途中から失ったもの"ではなく、生まれたときからある日常でした。
そのため、「障がいを受け入れる」というよりも、自分らしく生活することが自然だったと振り返ります。
※脊髄性筋萎縮症についての情報がご覧いただけます。
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