医療的ケア児のご家族 朝永 渉 さん インタビュー(前編)

「家族だけで抱えない」ために。

医療的ケア児との暮らしから始まった、朝永さんの挑戦


佐賀県武雄市を中心に活動する「ともいきともそだちネット佐賀」の

朝永渉さんにお話を伺いました。


朝永さんは、医療的ケアが必要な娘さんとの暮らしをきっかけに、

防災や地域とのつながりについて考え、

現在は「医療的ケア児等防災アドバイザー」としても活動されています。


また、もともと船の仕事をされていた経験や、

ものづくりが好きという特技を生かして、

娘さんが使用するバギーなどの福祉用具を自ら修繕・改良することも。


前編では、娘さんとの在宅生活を始めたときのことや、

家族だけで医療的ケアを担う難しさ、

そして「自分でできることは、自分でやってみる」という

朝永さんの姿勢についてお聞きしました。


インタビュー目次

1. 「また一人で背負わなければいけない」

2.家族と仕事、どちらも大切だからこそ

3. 「自分でできることは、自分でやってみる」

4. 「娘のために」が、ものづくりの原動力🔏

5. ものづくりが、家族の暮らしを支える🔏

6. 家族の経験を、地域の力へ🔏

「また一人で背負わなければいけない」

娘さんが退院し、在宅生活を始めた当初、朝永さんご一家は福岡で暮らしていました。


娘さんは医療的ケアが必要だったため、

退院前には家族もケアの方法を身につける必要がありました。

「在宅に帰る前に、病院から最低でも身内で2人以上は

医療的ケアを覚えてくださいと言われたんです。


だから、私と妻の2人で看護師さんからテストのようなものを受けて、在宅に帰りました」

しかし、在宅生活が始まってからも、さまざまな困難がありました。


前職では大型船などを港へエスコートする、タグボートの航海士として働いていました。

ある日、朝永さんが作業の為沖にへ向かう直前、

娘さんの心臓が止まってしまったと連絡がはいったそうです。


「たまたま出港する10分前だったんです。

電話を受けたんですけど、いつもの感じではなくて、ちょっと尋常じゃないなと思って」


急いで娘さんのもとへ向かいましたが、その日は福岡国際マラソンの影響で道路が通れず、

病院へ向かうことも簡単ではありませんでした。

幸い、娘さんは一命を取り留めました。

しかし、この出来事は朝永さんに大きな問いを残しました。


「また次にこうなった場合、また一人で背負わないといけない。そう思ったんです」


娘さんのことはもちろん大切。

でも、仕事も続けなければ生活を支えることができない。

家族の安心と仕事との両立について、真剣に考えるようになりました。


家族と仕事、どちらも大切だからこそ

当時の朝永さんの仕事は、時間が不規則でした。


夜中や明け方に帰宅することもあれば、日中に帰宅することもある。

仕事を休めば、職場のメンバーに負担をかけてしまう。


一方で、娘さんに何かあったとき、

すぐに駆けつけられないことにも大きな不安がありました。


「仕事を辞めるのか、単身赴任で福岡に残るのか、それとも佐賀から福岡に通うのか。

いろいろ考えました」

しかし、佐賀から福岡へ通うことになれば、何かあったときにすぐには帰れません。


「何かあっても1時間帰れない。

その覚悟ができるかなと思ったときに、やっぱりまだできなかったんです」


そこで、ご家族で佐賀へ戻ることを決断します。

ちょうど以前の仕事で取引のあった会社から声をかけてもらい、転職の話が進みました。


「最初は冗談で『佐賀に帰ろうかな』って電話していたんです。

でも3日後くらいに『それ、本気?』って電話がかかってきて。

そこから意外とトントン拍子に話が進んで、仕事も決まって、

『じゃあ佐賀に帰ろう』となりました」


ご家族との生活を大切にしながら、自分自身も仕事を続ける。

朝永さんにとって、佐賀へ戻ることは、家族のこれからを考えた大きな決断でした。


「自分でできることは、自分でやってみる」

佐賀へ戻ってから、朝永さんが取り組むようになったのが、

娘さんが使う福祉用具の修繕や改良です。


もともと船の学校で学んでいた朝永さん。

工具を使った作業や、金属を加工したり、穴を開けたりすることは、

以前から身近なものでした。


娘さんが使うバギーについても、最初は業者に修理を依頼していました。

しかし、業者が遠方にあるため、ちょっとした修理でも時間がかかってしまいます。

「ちょっと修繕してくださいって言っても、1週間、2週間かかってしまう。

大掛かりなものになると『預かって帰ります』と言われることもあって」


そこで、「自分でできることは、自分でやってみよう」と考えるようになりました。

その後、福祉用具を製作している会社の方と出会い、

修理や調整の方法を教えてもらいながら、少しずつ知識や技術を身につけていきました。


「ここを緩めたらこうだよ、ここを触ったらこうだよって、社長にいろいろ教えてもらいました」


今では、バギーを分解して部品を保管しておくこともあるそうです。

「次のバギーで不具合があったとき、同じ部品が使えることもあるので、

前のものを取っておいて、交換したりします」.....................................




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