医療的ケア児のご家族 朝永 渉 さん インタビュー(後編)

「防災は、特別なことじゃない」

医療的ケア児と家族が安心して暮らせる地域をつくるために


前編では、医療的ケアが必要な娘さんとの在宅生活や、

福祉用具の修繕・改良など、ご家族との暮らしの中で

朝永さんが経験してきたことについてお聞きしました。


後編では、その経験から生まれた「防災」への思いに迫ります。

水害や停電など、医療的ケア児の生活に大きな影響を及ぼす災害。


「どこに避難すればいいのか」

「電源がなくなったらどうするのか」

「必要な医療物品が避難所になかったら?」


こうした不安と向き合いながら、朝永さんは行政とのやり取りを重ね、

防災士の資格を取得。


現在は「医療的ケア児等防災アドバイザー」として、

地域の防災や避難訓練にも関わっています。


インタビュー目次

1. 「娘は、どこに避難できるんだろう?」

2.災害が起きて、初めて見えたこと

3. 「防災士だけでは、全然足りない」

4. 医療的ケア児の防災バッグは、「その子の生活」から考える🔏

5. 防災は「特別な日」ではなく、普段の生活の中に🔏

6. 「旅行も、実は避難訓練なんです」🔏

7. 「行政が全部やってくれる」とは限らない🔏

8. 一人では届かない声も、「つながり」があれば届けられる🔏

9. SNSだけでは届かない人にも、情報を届けたい🔏

10. これから挑戦したいこと🔏

11. 「普段から挨拶ができる地域」🔏


「娘は、どこに避難できるんだろう?」


佐賀へ戻ったことをきっかけに、朝永さんは防災について考えるようになりました。


現在暮らしている地域は、水害のリスクもあり、

停電が起きれば医療機器を使っている娘さんの命にも関わります。


「水害もあるし、停電も起きる。じゃあ、娘がどこに避難できるんだろうって。

そこから防災について考えるようになりました」

ご家族で考えるだけではなく、行政とも何度もやり取りを続けました。

しかし、医療的ケア児専用の避難所をつくることは簡単ではありませんでした。


そこで、「避難所へ行く」だけではなく、

「自宅で避難生活を続けるための備え」にも目を向けるようになります。


その後、在宅避難に必要な日常生活用具についても、自治体との取り組みが進んでいきました。

ところが、体制づくりを進めていた矢先、豪雨災害が発生します。


災害が起きて、初めて見えたこと

豪雨の際、武雄市内には在宅酸素や人工呼吸器など、

電源を必要とする子どもたちがいました。

実際に自宅が浸水し、家族が子どもを抱えて避難したケースもありました。


「行政に電話しても、まず名前が聞き取れない。

何度もやり取りして、ようやく『この子のことだ』と

分かるまでに1時間以上かかったんです」


さらに、避難所へ行ったとしても、

医療的ケアに必要な物品が用意されているとは限りません。

「福祉避難所に行っても、子どもの吸引に必要なものがなかったりする」


この経験から、朝永さんは、災害が起きてから支援を考えるのではなく、

災害が起きる前から「誰が、どんな支援を必要としているのか」を

地域で知っておくことの大切さを強く感じました。


「防災士だけでは、全然足りない」


こうした経験を経て、朝永さんは防災士の資格を取得します。


佐賀県で防災士の資格を取得するには、地域防災に関する研修などを受け、

地域からの推薦を得る必要があります。


朝永さんも地域防災について学び、防災士となりました。


しかし、資格を取得して終わりではありませんでした。

「防災士だけじゃ全然ダメだなと思って、そこからまたいろいろ資格を取りました」

(防災危機管理者・災害備蓄管理士・甲種防火管理者・防災管理者)を保有。


その後、医療的ケア児等支援センターとのつながりから、

医療的ケア児等の防災に関するアドバイザーとして活動する機会も生まれました。

それまで武雄市を中心に考えていた活動が、周辺の自治体にも広がっていきます。


避難訓練に参加したり、実際に地域を訪問したりしながら、

それぞれの家庭に必要な備えについて考えていきます。

現在は「佐賀県医療的ケア児等防災アドバイザー・個別避難計画作成推進アドバイザー」。.....................................




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