中編では、神経免疫疾患の特徴や早期診断・早期治療について伺いました。後編では、病気とともに生活する中で感じやすい困りごとや、学校・職場との関わり、診断直後の不安、患者会、研究、妊娠・出産などについて伺います。そして最後に、磯部先生から患者さん・ご家族へのメッセージをお届けします。

多発性硬化症の患者さんが日常生活で感じやすい困りごとの一つが、強い疲労感だと磯部先生は言います。
「8割ぐらいの患者さんが疲れやすさを感じています。もちろん誰でも疲れることはありますが、通常であれば、これぐらいでは疲れないだろうという動作でも疲れてしまいます」
家事を一度に終わらせることが難しく、少し動くたびに休憩が必要になる人もいるとのことです。
「洗濯物を少し取り込んで休む。料理でも、何かを切って一休みする。そのように、一つのことを続けて一気に行うのが難しいことがあります」
しかし、疲労感は外見からは分かりにくい症状です。そのため、周囲から(病気のせいにして) 「怠けている」「気の持ちようではないか」と受け取られてしまうことがあります。
「(疲労感そのものだけでなく)外から見えにくいことのつらさは、多発性硬化症のみなさんが感じておられると思います。ここは私の想像も含みますが、もしかしたら身近な人から『もう少しちゃんとやろう』と思われているのではないかと感じ、罪悪感を持つこともあるかもしれません」
疲れやすさのように、外からは分かりにくい症状があることを知ることは、患者さん本人だけでなく、家族や周囲の人にとっても大切なことです。
また、症状はいつも同じとは限りません。
「これまでにどのような再発が起こったかによって、どのような後遺症が残っているかには個人差があります。今日はそれほどしびれがなかったけれど、別の日にはしびれが強いというように、症状が日によって多少変動することもあります。
また、いつ再発するかという不安もあります。昔に比べると (治療選択肢が増えて) 再発しにくくなったので、以前の患者さんに比べれば、その不安は減っているかもしれません。ただ、治療はずっと続けておられ、日常生活の中に病気があって薬を飲んだり、注射を打ったりしながら生活されています。
3月から4月にかけて気温が上がる時期や、梅雨に入ってから6月、7月、8月頃に、しびれが強くなったり、調子が悪くなったりする方もいます。気分が落ち込むこともあると思います」
症状の変化や再発への不安を抱えながら生活している患者さんもいます。目に見える症状だけでは、その人の体調やつらさを判断できないことを、周囲も知っておくことが大切です。
治療や症状のことだけでなく、患者さん自身がどのような生活を送りたいのかも大切なテーマです。
「以前に比べて、病気をコントロールしやすくなっていることは、ぜひ前向きに捉えていただきたいと思います。ご本人が送りたい生活や、『こういうことをやりたい』という希望を、なるべくかなえるために私たちがいます。我慢しすぎずに、『自分はこういうことをやりたい』ということを、言ったらいけないんじゃないかと思わずに医療者に共有していただけるとありがたいです。実際に望んでおられることを実現できることはあります」
磯部先生が大切にしているのは、病気を中心に人生を考えるのではなく、患者さん自身が望む生活を起点に医療を考えることです。
その思いは、磯部先生が繰り返し語る「人生の主人公は自分」という言葉にもつながっています。
「以前、『病気に飲み込まれないで』という言葉を見たことがあり、それは本当にそうだと思いました。
病気はあるけれども、病気に飲み込まれずに生きていくことが大切だと思います。どうしても病気が主人公のようになってしまうことがあるかもしれません。でも、あくまでもご本人の人生があって、そこに病気が少しくっついている。病気と一緒に生きていくということだと思います」
病気と診断されると、どうしても生活の中心が病気になり、「これから何ができるのだろう」と不安を感じることがあります。そんなときにも、病気だけを人生の中心にするのではなく、自分がどう生きたいのかを大切にしてほしい――。磯部先生の言葉からは、患者さん自身の人生を尊重したいという強い思いが伝わってきます。
こうした考え方は、患者さんだけでなく、患者さんを支える医療者にも求められていると磯部先生は話します。
「論文などで使われる表現も変わってきています。以前は『多発性硬化症患者』という言い方でしたが、今は『多発性硬化症とともに生きる人』というような表現が使われるようになっています。
病気の患者さんというよりも、病気とともに生きている人という捉え方を、私たち医療者も意識しておかなければならないと思います」
病気そのものだけを見るのではなく、その人がどのような生活を送り、どのような人生を望んでいるのかを見る。磯部先生が大切にしているのは、そうした「人」を中心とした医療なのかもしれません。
そして、患者さん自身にも「自分の人生」を大切にしてほしいと語ります。
「人生の主人公は自分だということを大切にしていただけるように、私たちも意識して伝えていけたらと思っています」
人生の主人公は自分
この言葉には、病気があっても、その人らしい人生や希望をあきらめてほしくないという、磯部先生の患者さんへの思いが込められています。
病気があるからといって、人生の選択肢をすべて狭める必要はありません。磯部先生の言葉からは、患者さんが「自分はどう生きたいのか」を大切にし、その希望を医療者と一緒に考えていくことへの強い思いが感じられます。
病気とともに生活していくうえで、学校や職場に病気をどう伝えるかも悩みやすいポイントです。
「病気のことを学校や職場に伝えるべきかどうかは、一言では答えにくい問題です。職場にもさまざまな職場があり、病気への理解が十分ではない場合もあります。病気について伝えたことで、悲しい思いをする方もいないわけではないため、『必ず伝えるべきです』とは言い切れません」
病気があることを周囲に伝えるかどうかは、患者さん一人ひとりの状況によって異なります。伝えることで必要な配慮を受けやすくなる一方、職場や周囲の理解によっては、伝えることに不安を感じる場合もあります。
では、実際に職場へ病気のことを伝える場合、どのようなことを意識するとよいのでしょうか。
「職場に伝える場合には、病気や配慮してほしいことだけではなく、自分ができることも一緒に伝える方法があると思います。
例えば、『こういう病気がありますが、自分にはこういう得意なことがあります』『この部分で会社に貢献できます』『通院のために、これくらい職場を空ける可能性があります』というように伝えます。
自分の強みや、その職場でどのような役割を担えるのかを示しながら、病気によって必要になることも合わせて伝えるということです。一種の交渉術のようなものかもしれません」
「病気があること」だけを伝えるのではなく、自分ができることや、これからどのように働きたいのかを合わせて伝える。磯部先生は、病気による配慮だけでなく、自分自身の強みや希望も含めて伝えることが大切だと考えています。
こうした考え方の背景には、磯部先生自身の経験もあります。
「私自身、留学中に出産を経験しました。現地の大学では、妊娠中の就職活動について学ぶワークショップがありました。そこでは、妊娠していることを伝えるのと同時に、働き続ける意思があることや、これからどのような仕事をしていきたいのかという具体的な計画も伝えるように教えられました」
妊娠と病気では状況が異なりますが、「自分の状況を伝えるだけでなく、これからどうしたいのかを伝える」という考え方は、病気とともに働く場合にも参考になります。
磯部先生は、ご自身の経験を踏まえ、次のように話します。
「私の場合は妊娠でしたが、病気について職場に伝えるときにも、自分がこれからどのように働きたいのか、自分が職場で何をできるのかを、合わせて伝えるというアプローチは役立ちうる場面があるのではないかと思います」
病気があることを理由に、できることや将来の希望まであきらめる必要はありません。自分がどのように働きたいのかを考えたうえで、必要な配慮や自分の強みを周囲に伝える――。
磯部先生の言葉からは、病気の有無だけでその人の働き方や可能性を決めつけないでほしいという思いが感じられます。
一方で、慢性疾患の場合には「完全によくなってから復帰する」という考え方が、患者さんの負担になることもあります。
「風邪のような短期間の病気であれば、悪くなって、その後に良くなるという経過があります。一方で、慢性疾患の場合は、多少の症状の変化があっても、病気そのものが完全になくなるわけではありません。病気と一緒に、これからの生活を続けていくことになります」
多発性硬化症や視神経脊髄炎のような慢性疾患では、症状が落ち着いている時期があっても、病気そのものがなくなったわけではありません。大切なのは、「治ってから元の生活に戻る」のではなく、病気と付き合いながら生活や仕事を続けていくという考え方です。
こうした慢性疾患の特徴は、周囲からの何気ない言葉とのすれ違いにつながることもあります。
「職場から、良かれと思って『無理をせず、きちんと良くなってから戻っておいで』と言われることがあります。ただ、患者さんは『私は完全には良くならない。それなら、まだ職場に戻れないということなのだろうか』と受け取ってしまうことがあります」
相手を気遣ってかけた言葉でも、患者さんにとっては「病気が治らない限り、仕事に戻れない」と感じるきっかけになりかねません。
磯部先生が指摘するのは、こうした「思いやりから生まれるすれ違い」です。患者さんを「病気が治ってから社会に戻る人」と捉えるのではなく、病気とともに生活していく一人の人として考えることが大切だといいます。
「相手を気遣ってかけた言葉であっても、それが患者さんにとって、職場へ戻ることへのブレーキになる場合があります。職場の側も、病気が完全に治ってから戻ってくる人としてではなく、病気と一緒にこれからの人生を生きていく人として捉える必要があると思います」
病気があることを前提に、その人がどのように働き、どんな生活を送りたいのかを一緒に考える。そんな視点があれば、患者さんにとっても「病気があるからできない」ではなく、「どうすれば続けられるか」を考えるきっかけになるのではないでしょうか。
診断を受けた直後は、病気そのものだけでなく、「これからの人生はどうなるのか」という不安を抱える方もいます。
「診断直後は、将来への不安が大きいと思います。『自分はこれからどうなるのだろう』『この病気によって、自分の人生が変わってしまうのではないか』と考える方もおられます。自分の生き方がどのように変わるのか、何ができなくなるのか、何をしてよいのかなど、たくさんの疑問が出てくると思います。」
病気について詳しく知らない段階で診断を受ければ、将来への不安や疑問が次々と浮かんでくるのは自然なことです。治療のことだけでなく、仕事や生活、これからの人生についても、さまざまな不安を抱える方がいるでしょう。
そんな患者さんと向き合う中で、磯部先生が大切にしているのが「患者さんから質問してもらう時間」です。
「診断について説明したときには、患者さんから多くの質問を受けます。一度お伝えした内容について、改めて同じ質問をいただくこともあります。」
一度説明を聞いただけでは、すべてを理解するのは難しいもの。同じ質問を繰り返すことも、決して珍しいことではありません。
磯部先生自身も、患者さんへの説明について試行錯誤しているといいます。
「私自身、早口になってしまうことがあるので、説明したつもりでも、十分に伝えられていなかったのではないかと反省することもあります。そのため、なるべく患者さんが質問できる時間を取るようにしています。『何かお聞きになりたいことはありますか』と尋ねています。」
さらに最近では、患者さんの理解度を確認するための、別の聞き方も取り入れているそうです。
「ただ、『何か質問はありませんか』とお尋ねするだけでは、『ありません』という答えになることもあります。『どのように理解しましたか』とお尋ねする方法があることを最近学びました。まだ十分にはできていませんが」
「分からないことはありませんか」と聞かれても、何が分からないのか自分でも分からないことがあります。だからこそ、患者さん自身の言葉で理解した内容を確認することが、より納得して治療に向き合うための助けになるのかもしれません。
磯部先生の言葉からは、病気について一方的に説明するのではなく、患者さんがどのように受け止め、理解されているのかを確かめながら、一緒に治療を考えていきたいという姿勢が感じられます。
診断直後は情報を受け止めるだけでも精いっぱいになりやすいものです。だからこそ、患者さんが理解できているかを確認しながら、何度でも質問できる環境をつくることが大切だと磯部先生は考えています。
同じ病気の人とつながることは、病気とともに生活するうえで大きな支えになることがあります。ピアサポート(ピア)とは、同じ病気や似た経験を持つ人同士で悩みや経験を共有し、支え合うことを指します。
「同じ病気の方とつながることには、意味があると思います。仕事について考えるときにロールモデルを探すことがありますが、それと同じように、病気と共に生きておられる方が、どのように生活され、どのようなことを考えておられるのかを知ることができます。具体的な生活の様子を知ることで、安心につながる場面もあると思います。
県や市などの行政や、難病相談支援センターでも、ピア相談のような取り組みが行われています。同じ病気や近い経験を持つ人同士で話す機会については、行政が行う支援の中でも推奨されています。実際にピア相談などを利用し、『参加してよかった』と話す方の声を伺うこともあります」
一方で、同じ病気の人の経験が、そのまますべての患者さんに当てはまるわけではありません。
「患者会や同じ病気の方との交流には意味がありますが、そこで語られた一人のエピソードが、病気のすべてではありません。ある方の経験を聞いたときに、『これはよい』『これは駄目』と、すべてを一つの体験だけで判断しないことも必要です。
一人の方の経験として受け取り、客観的に見る姿勢を持つことが大切です。情報リテラシーを高めることと、患者会などへの参加がセットになるとよいと思います。情報を伝える側も、『これは一つの例として話しています』という姿勢を持つことが必要なのではないでしょうか。
特に、病気について不安を感じ、いろいろな情報を探しているときは、普段であれば飛びつかないような情報に飛びついてしまうことがあります。特定の療法などの情報に偏ってしまうこともあるため、さまざまな情報を、一人の経験や一つの考えだけで判断しないことが大切だと思います」
患者会やピアサポートは、生活のヒントや安心を得る場になる一方、情報を受け取るときには「これは一つの経験」と捉えることも大切です。つながることと、情報を冷静に見極めること。その両方が、患者さん自身を守ることにつながると磯部先生は語ります。
治療の進歩だけでなく、「これから先、どのような患者さんが再発しやすいのか」を予測する研究も進められています。
「治療によって再発を防ぎやすくなってきましたが、どの方が再発しやすいのかを予測する方法は、まだ十分には確立していません。血液などの検体から、少し先の将来を予測するものをバイオマーカーといいます。『この方は再発しやすいかもしれない』ということを予測できるようなバイオマーカーが確立すると、今後の治療にもつながっていくと思います」
さらに、研究を前に進めるためには、患者さんの協力も欠かせません。
「研究の中で、ものすごく大きな差ではなく、少しの違いを明らかにしようとすると、より多くの患者さんで検討する必要があります。そのため、今は規模の大きな研究の必要性が増しています。より多くの患者さんに参加していただき、患者さんと一緒に研究を進めていくことが必要になっています。」
治療や病気の特徴について、より細かな違いを明らかにするためには、できるだけ多くの患者さんからデータを集めることが重要です。こうした研究を進めるには、研究者だけでなく、患者さんのご協力も欠かせません。
では、現在の治療につながっている研究は、どのように生まれてきたのでしょうか。磯部先生は、これまで積み重ねられてきた研究の重要性についても語ります。
「現在、治療薬が増えてきているのは、今、私たちが行っている研究だけのおかげではなく、もっと前の先輩たちが、さまざまな研究を続けてこられたことが、今の治療につながっています。以前から積み重ねられてきた研究の成果が、現在、治療という形で患者さんに届いているのだと思います。」
今、患者さんが受けられる治療の背景には、長い年月をかけて研究を続けてきた多くの研究者と、研究に協力してきた患者さんの存在があります。現在の治療は、過去から続く研究のバトンを受け取った成果ともいえるでしょう。
そして、そのバトンを次の世代へつないでいくことも、現在研究に携わる医療者の役割です。
「今度は、私たちがさらに研究を続けなければ、その次につながるものがなくなってしまいます。将来の診断や治療につなげるためにも、今の研究を続けていく必要があります。」
研究の成果がすぐに新しい治療として届くとは限りません。それでも、一つひとつの研究を積み重ねることが、将来の患者さんにとって新たな診断や治療の選択肢につながっていきます。
磯部先生は、研究者だけで研究を進めるのではなく、患者さんと一緒に未来の医療をつくっていくことが大切だと考えています。
「患者さんに研究を支えていただきながら、患者さんと一緒に研究を進め、その成果を現在と将来の患者さんに還元していく。そのような研究が、今、世界中で進められています」
現在の患者さんの協力が、将来の患者さんの診断や治療につながる。磯部先生のお話からは、研究を「医療者だけのもの」とするのではなく、患者さんとともに未来の医療をつくっていくものとして捉えていることが伝わってきます。
病気があっても、就学や就労、家事、妊娠・出産など、自分が望む人生をあきらめないことも大切です。
「この病気だから妊娠をあきらめてくださいということはありません。薬によっては、妊娠中は使わない方がよいものもあります。一方で、妊娠するまでは使うことができる薬や、場合によっては妊娠中に使用されたデータがある薬もあります。
就学や就労、家事、妊娠・出産など、ご本人が送りたい人生について、一緒に検討できる分野になってきています。そうした分野も発展し、データもどんどん出てきています」
「病気があるから」と一律に将来の選択肢をあきらめるのではなく、自分が望む生活や人生について主治医に伝え、一緒に考えていくことが大切です。
治療の進歩によって、以前よりもさまざまな人生の選択肢を検討できるようになってきたことも、磯部先生が伝えたい大切なメッセージの一つです。
最後に、磯部先生から神経免疫疾患と生きる患者さん、ご家族へメッセージをいただきました。
「神経免疫疾患は、診断も治療も本当に発展してきている分野です。この分野を学び、診療に力を入れている医師も増えています」
診断を受けた直後は、将来が見えず、不安になることがあるかもしれません。しかし、治療の選択肢は増え、再発や悪化を防ぎながら、自分らしい生活を続けられる可能性も高まっています。
「安心して、ご自分の生きたい人生を生きていただきたいと思います」
そして、患者さんが希望する生活や人生を実現するために、医療者として全力で支えたいと語ります。
「ご自分が生きたい人生を生きていただけるように、しっかりと全力でサポートしたいと思っています」
医師を志した原点から、患者さんとの出会い、病気の診断・治療、そして日々の生活や将来の希望まで。磯部先生のお話を通して一貫して伝わってきたのは、病気だけを見るのではなく、その人がどのような人生を送りたいのかを大切にする姿勢でした。
人生の主人公は自分
その言葉には、病気があっても、自分の人生を自分らしく歩んでほしいという、磯部先生の強い願いが込められています。