河内 泉 先生インタビュー|中編

●免疫性神経疾患とは、どのような病気なのか

山野先生インタビュー

免疫性神経疾患とは、免疫の異常によって、脳や脊髄、末梢神経、神経と筋肉のつなぎ目などが障害される病気の総称です。

一方、「神経免疫学」は、神経系と免疫系の関係を幅広く研究する分野です。近年は、多発性硬化症や重症筋無力症などの自己免疫性疾患だけでなく、神経変性疾患や消化管にある神経と免疫の関係についても研究が広がっています。

かつて免疫性神経疾患というと、多発性硬化症や視神経脊髄炎スペクトラム障害など、免疫の異常によって神経が障害される病気を中心に考えられていました。

しかし、河内先生によると、2010年代以降、神経系と免疫系の関わりについての研究は大きく広がってきたといいます。

これまでは、主に「神経細胞の病気」と考えられてきた病気の中にも、免疫の働きが関わっていることが少しずつ分かってきました。たとえば、アルツハイマー病などの神経変性疾患でも、免疫の仕組みを研究することが、病気の理解や新たな治療法を考える手がかりになる可能性があります。

河内先生は、次のように話します。

「神経変性疾患は、神経細胞だけの病気だと思われていたのですが、そこに免疫学の知識を加えることによって、病態解明が進み、治療の手段にもなり得るということが、ここ10年ほどで分かってきたのです」

つまり、神経の病気を理解するためには、神経の働きだけでなく、免疫との関係もあわせて考えることが重要になってきているのです。

さらに、神経は脳や脊髄だけにあるものではありません。河内先生は、消化管にも独自の神経系があり、神経のネットワークが全身に広がっていることに触れます。

「消化管を含め、全身には広く神経ネットワークがあります」

このように、神経と免疫の関わりを研究する対象は、脳や脊髄に限らず、全身へと広がっています。

「神経免疫学は、すごく広い分野になってきています」

患者さんやご家族にとって、「免疫性神経疾患」という言葉は、少し難しく感じられるかもしれません。

基本にあるのは、本来は細菌やウイルスなどから体を守る免疫が、何らかの理由で神経やその周辺の組織に影響を与え、症状を引き起こすことがあるという考え方です。

免疫性神経疾患といっても、影響を受ける場所や症状の現れ方は一人ひとり異なります。脳や脊髄に影響が出る病気もあれば、末梢神経や神経と筋肉のつなぎ目に影響が出る病気もあります。

そのため、病気の種類によって、現れる症状や検査、治療の考え方も異なるのです。


●自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎とは

自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎は、本来は体を守るはずの免疫の働きが、脳に関わる神経細胞や神経の情報伝達に関わる部分に反応してしまうことで起こる病気です。

河内先生は、まず免疫の役割について、次のように説明します。

「細菌などの病原体が外部から体内に入ってきたときに対応するのが免疫です」

本来、免疫は、細菌やウイルスなどの病原体から体を守るために働く仕組みです。

河内先生は、自己免疫性疾患について次のように話します。

「自分の体の成分に対して免疫が反応してしまう、病原体だけではなくて、それが自己免疫性疾患です」

自己免疫性疾患の代表的なものとして、関節リウマチがあります。関節リウマチでは、免疫が関節に反応してしまいます。

神経の病気でも、免疫が神経細胞や、神経の働きに関わる部分に反応してしまうことがあります。

たとえば、多発性硬化症では、脳や脊髄の神経を覆う髄鞘が免疫によって障害されます。視神経脊髄炎では、神経細胞が働く環境を整え、支えているアストロサイトという細胞が主に障害されると考えられています。

自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎は、こうした自己免疫のしくみによって、中枢神経系の中でも主に脳に炎症や障害が起こる病気と考えると分かりやすいかもしれません。

河内先生は、自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎について次のように話します。

「中枢神経系の中でも、脳を主体に障害されるものが、自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎と考えるといいのではないかと思います」

自己免疫性脳炎には、いくつかの種類があります。代表的なものとしては、NMDA受容体に対する抗体が関わるものや、LGI1という分子に対する抗体が関わるものなどがあります。

自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎では、急な行動の変化や幻覚、妄想などの精神症状が前面に現れる場合があり、発症初期には精神科疾患との区別が難しいことがあるといいます。しかし、自己抗体の発見が進んだことで、これまで診断にたどり着きにくかった患者さんが、自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎として診断されるようになってきました。

「これまでは、精神疾患だとされていた患者さんが、実は自己免疫性疾患であったというケースも増えてきています」

ただし、すべての自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎で原因となる自己抗体が分かっているわけではありません。自己抗体が見つからない患者さんも少なくありません。

河内先生は、次のように話します。

「いまだに、自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎の患者さんの中には、自己抗体が発見されていない方もいます。けれども、自己免疫性 (自己免疫介在性) 疾患である可能性が高い脳炎と考えられています」

今後は、さらに病態解明が進み、新たな自己抗体の発見につながることが期待されています。


●重症筋無力症とは

重症筋無力症は、神経と筋肉のつなぎ目に免疫が関わる病気です。

河内先生は、重症筋無力症について次のように説明します。

「重症筋無力症は、神経筋接合部 (neuromuscular junction; NMJ)といって、神経と骨格筋のつなぎ目のところを免疫系が障害する病気です」

私たちが体を動かすとき、神経から筋肉へ「動きなさい」という信号が送られます。その信号を受け取る場所が、神経と筋肉のつなぎ目です。

重症筋無力症では、神経と筋肉のつなぎ目にあるアセチルコリン受容体やMuSK(マスク)といった分子に対して自己抗体ができ、神経から筋肉への信号が伝わりにくくなります。その結果、筋肉に力が入りにくくなったり、疲れやすくなったりします。

重症筋無力症では、アセチルコリン受容体に対する抗体がある方が多いとされています。河内先生は、次のように話します。

「アセチルコリン受容体に対して自己抗体ができるものが、およそ8割とされています」

また、MuSKという分子に対する抗体がある方や、現在の検査で確認できる抗体が陰性の方もいます。

河内先生は、重症筋無力症の初期にみられやすい症状について次のように説明します。

「多くの場合は、眼瞼下垂、目が下がってしまう。あとは、ものが2つに見える症状が、初期の段階で出ることが多いです」

目の症状から始まる方が多い一方で、手足の力の入りにくさから始まる方もいます。

また、朝は比較的元気でも、活動しているうちに疲れやすくなることがあります。

「朝、休んだ後は元気なのだけれども、起きて活動していたり、強い動作をしたりした後に疲れてしまう。疲労感が非常に強くなる」

症状が強くなると、呼吸や飲み込みに関わる筋肉にも影響が出ることがあります。河内先生は、重症化した場合について次のように説明します。

「もっとひどくなり、呼吸筋や嚥下に関わる筋力が障害されると、人工呼吸器などの機械や、経管栄養が必要になることがあります」

重症筋無力症は、かつては命に関わることもある病気でした。しかし、治療の進歩により、重症筋無力症の見通しは大きく変わってきています。


●治療の進歩と、患者さんに伝えたい希望

免疫性神経疾患の治療は、この数十年で大きく進歩してきました。

多発性硬化症と視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は、以前は同じような疾患として考えられていた時代もありました。しかし、AQP4抗体、いわゆるアクアポリン4抗体の発見などによって、両者の違いや病気の仕組みが明らかになり、それぞれの病気に応じた治療薬の開発へとつながってきました。

河内先生は、こうした流れについて次のように話します。

「非常に病態解明が創薬に結びついた疾患群です」

病気の仕組みが分かることで、どこを標的に治療すればよいのかが見えてきます。そうした研究の積み重ねが、現在の治療選択肢の広がりにつながっています。

自己免疫性 (自己免疫介在性) 脳炎でも、自己抗体の発見が進むことで、病気の理解が深まりつつあります。今後は、抗体ごとの治療方針の組み立て方や、新しい薬の開発が課題になるといいます。

河内先生は、自己抗体が見つかった後は、その抗体ごとに治療をどう組み立てるかを考える必要があると話します。

重症筋無力症でも、治療は進歩しています。これまで中心的に使われてきたステロイド治療は、症状を改善するうえで大きな役割を果たしてきました。

河内先生は、ステロイド治療によって、かつての重症感はかなり変わってきたと話します。

「重症筋無力症から、『重症』という言葉をとってもよいくらいにまで、重症感が少なくなってきているんですね」

一方で、ステロイドには副作用の課題もあります。骨粗しょう症や感染症、不眠、気分の変化など、患者さんの生活に影響することもあります。

「グルココルチコイドの害ということも、非常にやはり最近言われるようになっており、患者さん自身は『こんなはずじゃなかった。治療すれば元に戻るつもりだったのに』と、さまざまなお薬の弊害を抱えていらっしゃることがあります」

症状を速やかに改善する治療として、血漿交換療法や免疫グロブリン静注療法などがあります。さらに近年では、補体やFcRnなど、病気に関わる特定の仕組みを標的とする薬も使われるようになっています。

「より選択的に自己抗体を減らすための薬や治療手段として、血漿交換療法があります。さらに、FcRnに作用する新しい薬剤も出始めています」

ただし、河内先生は、治療はまだ完全ではないとも話します。

「完璧じゃないんですよ。いまだにやはり治療の組み立て方の改善は必要だし、新しい創薬も必要な状況なので、道半ばというような状況ですね」

それでも、現在では多くの患者さんが治療を受けながら日常生活を送り、仕事に復帰できる時代になってきています。

重症筋無力症について、河内先生は次のようにも話します。

「症状が残ったり、治療の副作用に悩んだり、働き方の調整や周囲の支援が必要になったりする方もいますが、ほとんどの患者さんは元気で、普通に仕事へ復帰されています」

診断を受けたばかりの患者さんやご家族にとっても、治療の進歩を知ることは、これからを考える手がかりの一つになるかもしれません。



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