前編では、磯部先生が医師を志した原点や、神経免疫疾患を専門にした背景について伺いました。中編では、多発性硬化症や視神経脊髄炎などの神経免疫疾患について、症状の特徴、早期診断・早期治療の重要性、診断方法の進歩について伺います。

ここからは、神経免疫疾患について、患者さんやご家族にも分かりやすく伺います。まずは「神経免疫疾患」という言葉が指す病気について、磯部先生に説明していただきました。
磯部先生は、まず「神経」が指す範囲について説明します。
「神経系というと、頭の中の脳、脳からつながっている脊髄、手足などに伸びている末梢神経、そして筋肉などを指します。免疫は本来、外から入ってきたウイルスや細菌、真菌などの病原体を排除するために働く仕組みです。神経免疫疾患では、本来、自分ではないものを排除するために働く免疫が、自分の体の一部を敵だと勘違いして攻撃してしまいます。脳や脊髄、末梢神経、筋肉などに対して免疫が頑張りすぎることで起こる病気を、神経免疫疾患といいます」
「神経免疫疾患」と一口にいっても、影響を受ける場所や症状はさまざまです。磯部先生の説明からは、神経と免疫の関係を理解することが、この分野の病気を知る第一歩になることが分かります。
神経免疫疾患の中でも、代表的な病気の一つが多発性硬化症です。多発性硬化症は、脳や脊髄などの中枢神経に炎症が起こる疾患です。では、具体的にどのような病気なのでしょうか。
「多発性硬化症は、脳や脊髄などの中枢神経が病気の場になります。脳や脊髄にある何らかのものを標的として、免疫が頑張りすぎて攻撃してしまう病気です。ただ、何が標的になっているのかは、いくつか候補は挙げられているものの、まだはっきりとは分かっていません。」
免疫の異常によって中枢神経が攻撃されることで、さまざまな症状が現れる多発性硬化症ですが、発症する年代や性別にも特徴があると、磯部先生は説明します。
「日本の患者さんの数は海外に比べると少ないのですが、国内でもだんだん増えてきています。免疫疾患は比較的女性に多く、多発性硬化症は20代から40代ぐらいに発症のピークがあり、若い女性に起こりやすい疾患です。」
では、実際にはどのような症状が現れるのでしょうか。
「症状としては、目が見えにくくなったり、物が二重に見えたり、飲み込みにくくなったりすることがあります。手足が動かしにくくなる、しびれる、お湯の温度が分かりにくくなるといった症状が出ることもあります。また、便が出にくくなったり、尿が出しにくくなったりすることもあります。脳や脊髄のどこに病変ができるかによって、さまざまな症状が起こる病気なんです。」
このように、多発性硬化症では症状の現れ方に個人差があります。症状が一つに決まっているわけではないことも、この病気の特徴の一つです。
また、多発性硬化症では、症状が現れた後にいったん改善し、再び別の症状が現れることがあります。こうした病気の経過について、磯部先生に伺いました。
「多発性硬化症では、あるときに症状が出て、いったん少し良くなった後に、また別の症状が出ることがあります。このように悪くなったり良くなったりすることを、再発と寛解といいます。
再発と寛解を繰り返すタイプの方が85%ぐらいで大部分を占めます。一方で、少しずつ調子が悪くなっていく、進行性の経過を取る方もいます。」
症状の出方や経過には幅があり、「同じ病気でも一人ひとり違う」という点が、多発性硬化症を知るうえで大切なポイントです。
多発性硬化症と同じく中枢神経に関わる病気として、視神経脊髄炎があります。
「視神経脊髄炎は、その名前のとおり、視神経や脊髄を中心に、中枢神経を自身の免疫が攻撃してしまう病気です。視神経や脊髄神経のほか、脳幹の一部の神経も攻撃の標的になることがあります。そのため、目が急に見えにくくなったり、しゃっくりが止まらなくなったり、ひたすら吐き続けたりすることがあります。
脊髄に障害が起こると、手足が動かしにくくなったり、尿が出しにくくなったり、便秘になったりします。
多発性硬化症も大変な病気ですが、一回のアタックによる症状の重さは、視神経脊髄炎の方が重い傾向があります。
視神経脊髄炎も女性に多い疾患です。また、若い方だけではなく、年齢を重ねてから発症する方もおられ、幅広い年齢で起こるという特徴があります」
続いて、アトピー性脊髄炎についても伺いました。
「アトピー性脊髄炎は、以前、九州大学の教授を務められていた吉良潤一先生が提唱された概念です。アトピー性皮膚炎や鼻炎など、もともとアトピー性疾患がある方に脊髄の炎症が起こる病態として、1990年代の後半に発表されました。アトピー性疾患が悪くなるなどの変動に合わせて、脊髄の症状も変動することがあるといわれています」
多発性硬化症や視神経脊髄炎などの自己免疫疾患が女性に多い理由については、次のように話します。
「自己免疫疾患は、ほとんどが女性に多いのですが、その理由は、私も一言では説明できません。染色体の違いや、ホルモンの違いが関係しているのではないかといわれていますが、まだあまり分かっていません」
多発性硬化症、視神経脊髄炎、アトピー性脊髄炎など、神経免疫疾患にはさまざまな病気があります。症状が似ている場合でも、病気によって治療や経過が異なることも。
磯部先生が若手医師だった頃には、現在では別の疾患として知られている病気が、まだ十分に区別されていない時代もありました。近年では、研究の進歩によって病気の理解が深まり、診断や治療も変化してきたといいます。
こうした医学の進歩を背景に、現在ではより早く正確に診断し、適切な治療につなげることが目指されています。では、実際に早期診断・早期治療にはどのような意味があるのでしょうか。
神経免疫疾患では、なぜ早期の診断や治療が重要なのでしょうか。磯部先生に伺いました。
「多発性硬化症は、治療をしていないと、だんだん日常生活に影響が出ることがあります。例えば、最初は走ったり小走りをしたりできていた方が、次第にそれが難しくなり、歩くときに杖が必要になることがあります。さらに進行すると、車いすを使うようになったり、寝たきりになったりする可能性もあります。
ただ、現在は治療薬がとても増えてきていて、以前よりも病気が進行しにくくなっています。大切なのは、診断がついたら、再発を防ぐ治療や、病気の進行を抑える治療を、できるだけ早く始めることです。治療を始める時期によって、その後の経過が大きく違うことが、はっきり分かってきています。
薬をあまり使いたくないという気持ちを持つ方もおられるかもしれません。ただ、早い段階から治療を始めることのメリットは、明らかに大きいと思います。治療が遅れると、本来であれば防ぐことができたかもしれない再発が起こったり、病気が進行したりする可能性があります。もちろん、治療をしていれば絶対に再発しない、進行しないとは言えません。それでも、治療を受けていなかったために起こってしまう再発や進行はあり得ると思います」
磯部先生の言葉から、いかに早期診断が重要な意味を持つかが分かります。一方で、視神経脊髄炎については、一度の再発によって強い症状が現れることがあるため、再発を防ぐ治療を継続する必要があると言います。
「視神経脊髄炎は、再発の症状がとても重くなりやすいという特徴があります。そのため、再発を避けることがとても重要です。症状が落ち着いていても、再発を防ぐ治療は続ける必要があります。高齢になってから再発する方もいますし、10年間何もなかった後に再発する方もいます。そのため、視神経脊髄炎では、基本的には生涯にわたって治療を続けていく必要があります。
一方で、視神経脊髄炎の治療薬も本当に増えてきました。以前は再発を繰り返すことがとても怖かったと思いますが、現在は、昔よりも再発を防ぎやすい状況になっています。
多発性硬化症も視神経脊髄炎も、治療できる病気になってきています。だからこそ、早い段階で診断を受け、必要な治療を始めることが大切です」
治療の選択肢が増えた今だからこそ、「早く診断し、必要な治療に早くつなげること」の意味は、以前よりも大きくなっているといえそうです。
診断や治療が遅れ、紹介された時点ですでに症状が固定していた患者さんも経験したと、磯部先生は話します。
「紹介された時点で、すでに少し時間がたっていて、症状が固定してしまっている方もいました。例えば、片方の目が見えなくなってしまった方や、両目に症状が出た方もいます。もともと病気の勢いが強かったということもありますが、場合によっては、もう少し早く治療ができれば、ここまで悪くならなかったかもしれないと思う場合もあります」
一方で、多発性硬化症や視神経脊髄炎などは患者数が少なく、初めて診察した医師がすぐに疑うことが難しい場合があります。
「病気自体がまれなので、最初に診た医師が真っ先にこの病気を疑うかというと、そうではありません。まずは、もっとよくある病気を除外して、その後に残っていくことになります。特定疾患や難病の診断は、(まずは可能性の高い疾患から順に除外していく必要があるため) どうしても時間がかかるという特徴があります」
体の不調が続いていても、どの診療科を受診すればよいのか分からず、一般内科などを受診した後も原因が分からない場合があります。磯部先生は、脳神経内科という診療科を、より多くの人に知ってもらう必要があると話します。
「脳神経内科をもっと知ってもらって、例えば『(身体のどこかが) しびれたら脳神経内科』という状況を作っていかないといけないと思います。そうすれば、適切な時期に、適切な治療を受けられる方が増えるのではないかと思います」
しびれのほか、頭痛や目の見えにくさなども、脳神経内科を受診するきっかけになる症状です。
「特に、しびれや頭痛、目の見えにくさなど、何か症状があったときには、受診先の選択肢として脳神経内科も考えていただきたいと思います。もちろん目の見えにくさの場合には、眼科を受診するのがよい場合が多いですが、脳神経内科も選択肢の一つとしてぜひ知っていただき、早めに受診してほしいと思います」
「何科に行けばいいのか分からない」というときの選択肢の一つとして、脳神経内科を知っておくことが、診断への一歩になるかもしれません。
近年では、診断方法も少しずつ進歩しています。
「多発性硬化症では、診断基準がどんどん新しくなっています。マクドナルド診断基準2024というものが一番新しいのですが、診断基準が新しくなることで、患者さんをより早く診断できるようになってきています。」
診断基準が見直されることで、これまでより早い段階で病気を診断できる可能性が広がっています。こうした診断技術の進歩は、必要な治療を早く始めることにもつながります。
一方、視神経脊髄炎の診断では、アクアポリン4抗体の検査が重要な役割を果たします。ただし、この抗体を調べる方法にはいくつかの種類があります。
「視神経脊髄炎では、アクアポリン4抗体を測定できます。ただ、抗体の測定方法はいろいろあります。保険診療で行われているものには、ELISA(エライザ)法という方法があります。これはキットを使って測定する方法です。キットとして性能が安定し、同じ品質で測定できることが担保されていると、国も認めやすくなります」
アクアポリン4抗体の検査には、保険診療で行われている方法がある一方、より感度がよいとされる検査方法もあります。では、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
「一方で、より感度がよいといわれているセルベースドアッセイ法(CBA)法などと呼ばれる方法があります。この方法では、生きた細胞を培養し、患者さんの血液をかけて、染色などを行って判定します。」
検査方法によって、それぞれ特徴があります。特に、より感度がよいとされる方法については、検査の精度だけでなく、安定して同じ品質で検査を行えるかどうかという点も課題になります。
「これらの検査方法は世界的に推奨されている検査方法であるにもかかわらず、国としては、安定して同じ品質で検査ができるのかを確認しにくい、等の理由により、現在は保険診療の検査方法として認められていません。そのため、実施できる医療機関も限定的ですし、すべての方々に実施する検査ではありません。 これは、アクアポリン4抗体だけではなく、ほかの領域でも同じです。
そのため、保険診療の中では、精度がやや落ちる方法で検査をする必要があります。より感度がよいとされる方法については、研究費などを使って対応している状況です。この点については、もう少し変えていきたいと思っています」
診断の精度やスピードを高めるためには、診断基準や検査方法そのものの進歩だけでなく、より精度の高い検査を患者さんが受けられる環境を整えていくことも重要です。磯部先生は、こうした検査をめぐる課題についても、今後変えていきたいという思いを持っています。
より早く、より正確な診断につなげるため、診断基準や検査方法も日々変化しています。こうした研究や検査技術の進歩も、患者さんにとって、よりよい診断や治療につながる大切な変化なのではないでしょうか。