MGと働き続けるために 「一人の言葉だけで、すべてだと思わないで」
萩中健太郎さんの素敵なお話を前中後編に分けて、お届けします。
【目次】
6.病気になる前と同じではない――働き続けるために生活を調整する
8.情報を求めて患者会へ――同じMGでも経験は一人ひとり違う
9.🔏病気になって180度変わった仕事と医療への考え方
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重症筋無力症(MG)と診断され、治療を続けながら再びフルタイムで働くようになった萩中健太郎さん。
現在は会社員として週5日勤務していますが、病気になる前とまったく同じ生活に戻ったわけではありません。
体調に合わせて通勤ルートや働き方を工夫しながら、日々の生活を送っています。
後編では、現在の暮らしや仕事での工夫、患者会や情報との付き合い方、病気を経験して変わった価値観、そして同じ病気の患者さんに伝えたいことを紹介します。
現在、萩中さんは会社員として通常の8時間勤務を週5日続けています。
家では奥さんと、もうすぐ3歳になる娘さんとの3人暮らし。
仕事から帰れば、子どもの世話をしたり、家事を手伝ったりしながら過ごしています。
症状については、現在は「おおよそコントロールできている」といいます。
一方で、病気になる前とまったく同じように生活できているわけではありません。
「MG特有の波みたいなものがあります。完全に病気じゃなかった時と同じ暮らしはできないところもあるので、それに合わせて少しずつアジャストしながら暮らしています」
萩中さんの場合、朝は比較的調子が良くても、時間がたつにつれて疲労感が強くなっていきます。
夕方になると目の症状が出て、物が見えにくくなることもあります。
また、特に苦手なのが暑さです。
「無理をしないのは必須ですし、暑さをとにかく避けるというのは意識しています」
ただ、仕事をしていれば、暑いからといって外出を避け続けることはできません。
そこで萩中さんは、外出するかどうかではなく、どうすれば体力をできるだけ使わずに移動できるのかを考えるようになりました。
勤務先は大阪方面にあり、通勤には片道2時間から2時間半ほどかかります。
長時間立ち続けることは難しいため、有料席を利用したり、あえて始発駅の方まで移動して、座れる電車に乗ったりすることもあります。
目的地までの最短ルートが、萩中さんにとって最も負担の少ないルートとは限りません。
「会社からすると、『なんで最寄り駅から乗らないの?』『なんでそんな変なルートを使うの?』となると思うんです」
座って通勤するために、通勤手当では賄えない費用を自分で負担することもあります。
移動するときには、直射日光にもできるだけ当たらないようにしています。
地上を歩くより地下鉄を選ぶ。冷房が効いている駅を利用する。荷物も、背負うリュックではなくキャリーケースを使う。
駅の構造も、萩中さんにとっては大切です。
ホームに少し傾斜があるだけでも負担になるため、できるだけ平らな駅を選ぶことがあります。
さらに、電車に乗る位置まで考えています。
「この車両なら、降りたところにエレベーターが近いとか。そういうところまで見ています」
一つひとつを見ると、とても小さな工夫です。
けれど、その積み重ねによって、会社に着くまでに消費する体力を少しでも減らしています。
病気になる前には考える必要のなかったことを、一つずつ調整しながら生活する。
それが現在の萩中さんの日常です。

体力を調整する必要があるのは、通勤だけではありません。
仕事の中でも、病気になる前には気にしていなかったことが負担になる場面があります。
たとえば、出張で同僚と一緒に移動するとき。
「一緒に歩いていると歩行スピードが違うので、一人だけ遅れていくんですよね」
同じ場所に向かっていても、気づけば少し距離が離れている。
電車で移動するときにも、自分だけ座れるルートを選ぶ必要があり、同僚と同じ経路で移動できないことがあります。
オフィスの中でも症状は現れます。
長時間キーボードを打ち続けると、手が動かしにくくなることがある。
夕方になると、目の症状からモニターが見えづらくなることもあります。
そうした状態になる前に、どこで体力を使い、どこで負担を減らすのかを考えています。
「一日の間の自分の体の負担を、ものすごく細かく見ています。『ここでは余計な体力を使わないようにしよう』というところを、毎日研究しながら働いています」
現在の会社には、採用面接の段階で重症筋無力症であることを伝えました。
ただ、萩中さんは、職場に病気を理解してもらうことについても、自分なりの考えを持っています。
患者の立場からすれば、見た目からは分かりにくい疲れや症状について知ってほしい。
一方で、会社には会社としての役割があります。
「会社は、仕事をしてもらうために人を採用しています。社会福祉活動として採用しているわけではないですよね」
そのため、「病気があるから大目に見てほしい」と求めるだけではなく、病気があっても仕事を続けられる環境をどうつくるかが大切だと考えています。
萩中さんが働きやすいと感じるのが、フレックスタイムやリモート勤務などの制度です。
毎日決まった時間に出勤する必要がなければ、混雑する時間帯を避けることができます。
「満員電車を避けられれば、立ち乗りではなく座って通勤できるかもしれない。そこで最初に消費する体力を抑えられますよね」
自宅から仕事ができる日があれば、そもそも通勤に使う体力を減らすこともできます。
「MGの症状に対して、どういう雇用体制だったら症状を出さずに勤務し続けられるのか。そういうことも一つの検討材料になると思います」
病気に仕事を合わせる。
仕事に病気を合わせる。
どちらか一方ではなく、どうすれば自分が仕事を続けられる状態をつくれるのかを考えながら、現在の働き方を組み立てています。
また、治療費や生活を支える制度についても、自分自身で調べる機会が多くありました。
病院では制度の名前を教えてもらうことはあっても、具体的な内容や手続きまですべて説明されたわけではなかったそうです。
萩中さんは病気になる前から医薬品の開発に関わる仕事をしていたため、制度名が分かれば、自分で行政制度や薬について調べることができました。
「僕の場合は、名前さえ分かれば自分で調べられたんです。でも、そうではない患者さんが、一人で全部調べていくのはかなり大変なんじゃないかなと思います」
治療だけでなく、仕事、制度、生活。
患者になって初めて、自分自身で調べ、判断しなければならないことの多さも実感しました。
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重症筋無力症と診断された後、萩中さんはインターネットで患者会を探しました。
病名を検索すると、患者会のホームページが見つかりました。
参加しようと思った一番の理由は、「情報が欲しかったから」です。
「本当に知識がなさすぎて、何も分からなかったんです。『私はどうなっちゃったんでしょう』という感じでした」
重症筋無力症とはどんな病気なのか。
これからどのような生活になるのか。
ほかの患者さんはどんな治療を受け、どのように暮らしているのか。
同じ病気の人に会えば、自分のこれからを知る手がかりが得られるかもしれないと考えていました。
ところが、患者会に参加し、さまざまな患者さんの話を聞く中では、かえって戸惑うこともありました。
「同じ病気の患者さんなのに、全然話が通じないということもあって、結構精神的に参ったことも正直ありました」
同じ「重症筋無力症」という病名であっても、症状の現れ方や治療への反応、日常生活の困りごとは一人ひとり違います。
自分にはある症状が、ほかの患者さんにはない。
反対に、ほかの患者さんが話していることが、自分にはまったく当てはまらない。
診断されたばかりで病気についての知識が少ない時期には、その違い自体が不安につながりました。
「患者会に行っても孤立してしまって、『自分が違うのかな』と思ったりすることもあると思います」
患者会だけでなく、SNSやインターネット上にもさまざまな体験談があります。
治療を受けて良くなった人の話。
症状が重くなった人の話。
ある方法が良かったという話。
診断されたばかりの頃は、その一つひとつを自分にも当てはめてしまいやすかったといいます。
一方で、萩中さん自身、「本当に正しいのだろうか」と感じる情報に出会ったこともありました。
そうした経験から、一つの情報だけを深く信じ込みすぎないことが大切だと考えるようになりました。
「間違った情報にあまり振り回されないようにしてほしいし、情報に極端に過敏にならないでほしいなと思います」
同じ病気だから、必ず分かり合える。
患者会に行けば、正解が見つかる。
萩中さんは、必ずしもそうではないと感じています。
同じ重症筋無力症でも、一人ひとり経験が違う。
だからこそ、ある患者さんと話が合わなかったとしても、「自分だけがおかしい」と思う必要はないと話します。
「患者さん同士で話したのに分かち合えなかったからといって、過度に落ち込まなくていいと思うんです。たまたま、その人とは違っただけかもしれないですから」
患者会は、一つの答えをもらう場所ではなく、さまざまな経験に触れる場所。
自分に合う情報や、自分と近い経験を持つ人を探していく。
萩中さん自身も、患者会との関わりを通じて、少しずつそんな距離の取り方をするようになりました。

診断されたばかりの患者さんや、治療や症状に悩んでいる方へ何を伝えたいか。
萩中さんが最初に話したのは、「診断がついたことを、一つだけでも前向きに捉えてほしい」ということでした。
「病気になったこと自体はネガティブです。でも、診断がついているのであれば、まず診断がついたということだけでも少しポジティブに捉えてほしいです」
萩中さん自身、診断されるまでは、原因が分からないまま症状だけが悪くなっていきました。
重症筋無力症という病名が分かったことで、初めてその病気を前提に治療について考えることができるようになりました。
診断された後にも、さまざまな悩みが出てきます。
患者会で同じ病気の人と話しても、分かり合えないことがある。
主治医から、自分が期待していたものとは違う言葉を言われることがある。
職場や行政の窓口で、自分の状況を理解してもらえないこともある。
そんなとき、萩中さんは、その一つの出来事を「世の中全体から自分に出された答え」だと思わないでほしいと話します。
「たまたま自分の会社のその人はそう言った。自分の主治医はそう言った。今使った薬は、たまたま今のタイミングではこうだった。患者会で話したこの人はこう言った。それだけだと思ってほしいんです」
患者会で話が合わなかったからといって、同じ病気の人全員と分かり合えないわけではありません。
今の医師と考え方が合わなかったとしても、別の医師なら違う考え方をするかもしれません。
職場の一人に理解してもらえなかったからといって、すべての職場で理解してもらえないとは限りません。
「否定的なことを言われたからといって、それが世の中全体からの自分への回答だとは思わないでほしいです。『次の別の人は違うかもしれないよね』という意識を持っていてほしいですね」
一方で、萩中さんは、そこにもう一つ難しい問題があるとも感じています。
それは、「次の人をどうやって探すのか」ということです。
別の医師に相談してみたいと思っても、どの病院へ行けばよいのか分からない。
ほかの患者さんの話を聞いてみたいと思っても、どこでつながればよいのか分からない。
体調が悪いときには、その情報を一から探すこと自体が大きな負担になります。
萩中さん自身、診断前はパソコンで病気を検索することすらできないほど体調が悪化していました。
その経験から、患者さんにとっては「正しい情報が掲載されていること」だけでは十分ではないと感じています。
「正しい情報をしっかり置いておく場所があることは大事だと思います。
でも、正しい情報だけを一方的に発信していても、それを受け取る元気が残っていない人は、それすら読めなくなってしまうんですよね」
だからこそ、情報を見たその先に、気軽に相談できる場所があることを望んでいます。
「『ちょっと聞いてみようかな』という時に相談できるような、敷居の低い場所があるといいと思います」
専門的な相談をするために、最初から複雑な手続きをするのではなく、まず少し話を聞いてみる。
患者さんや専門家など、次の人につながる入り口がある。
特に、近くに専門的な医療機関がない地域で暮らす患者さんにとっては、オンラインなどで相談できる仕組みも役立つのではないかと話します。
正しい情報があること。
そして、その情報だけでは答えが見つからないとき、次の人につながれること。
萩中さんが自身の経験を通じて感じてきたのは、その両方の大切さでした。
診断まで、いくつもの医療機関を受診したこと。
治療を続けながら、家族を支えるために再び働くことを目指したこと。
患者会に入り、同じ病気であっても一人ひとり違うことを知ったこと。
「一人の方の言うことだけで、あまり思い込まないようにしてほしいです。
次の人は、違うことを言ってくれるかもしれませんから」
さまざまな経験を経た今、萩中さんが伝えたいのは、一つの答えだけで自分のこれからを決めないでほしい、ということです。
※会員登録をいただくと、萩中健太郎さんのインタビュー記事の続きを素敵なお写真と共に読むことができます。
プロフィール設定の”関心のあるもの”より「インタビュー」をご選択ください。
※重症筋無力症(MG)についての情報がご覧いただけます。
患者さんご家族の体験談や医師のインタビュー、患者会の紹介を掲載予定しています。