「100点じゃなくてもいい」伴野啓介さんが語る重症筋無力症との歩み
高校生の頃、「ボールが揺れて見える」という目の症状を感じた伴野啓介さん。
眼科を受診し、当初は乱視と言われました。しかし、眼鏡を調整しても症状は改善せず、その後は体に力が入りにくくなり、それまでできていた腕立て伏せもできなくなりました。
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野球部の練習を続けることも難しくなりましたが、家族や周囲に症状を伝えても、なかなか理解してもらえなかったといいます。
高校生の頃に最初の症状を感じてから、重症筋無力症(MG)と診断されたのは20歳の頃でした。
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診断後は入院し、胸腺を摘出する手術やステロイドによる治療を経験。その後、大学を卒業し、介護職を経て、老人保健施設や病院などで相談員として長く働いてきました。
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一方、40代となった現在は、首で頭を支え続けることがつらくなり、外へ通勤して働くことが難しくなっています。現在は妻と2人の娘さんと暮らし、自宅でパソコンを使いながら、体調に合わせて仕事をしています。
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病気になる前から、頑張ることや物事を続けることを大切にしてきた伴野さん。
「完璧主義を捨てました」
と話すようになりました。
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高校生で症状を感じてから診断されるまでの日々、治療、仕事、結婚や子育て、患者会との出会い。そして、外で働くことが難しくなった現在まで。
20年以上にわたる重症筋無力症との歩みについて、お話を伺いました。
▶伴野啓介さんおYouTubeチャンネル『すー』
伴野啓介さんの素敵なお話を前中後編に分けて、お届けしております。
画像は、伴野啓介さんの許可を頂い掲載しております。
【前編 インタビュー目次】
1.「ボールが揺れて見えた」――高校時代に始まった症状
2.「理解してくれた人は、多分いなかった」――診断までの約2年間
3.「病名が分かったことに、ほっとした」――20歳で重症筋無力症と診断
4.🔏「今日は腕立て伏せが20回できました」――治療と長い経過
【後編 インタビュー目次】
5.介護職から相談員へ――重症筋無力症がある中で働く
6.🔏外で働くことが難しくなって――現在の暮らしと家族
7.「直接交流したいなって気持ちが強かった」――患者会との出会い
8.「完璧主義を捨てました」――仕事、これから、患者さんへ伝えたいこと
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