血友病と学校生活
体育・学校行事・部活動、自己注射、思春期ならではの感情

血友病のある子どもが学校生活を送るうえでは、体育や学校行事への参加、友達や先生への病気の伝え方、自己注射の習得など、成長に応じて新しい課題が生まれます。
村山さんは右足首の関節症の影響から、運動に制限がありました。
一方で、小学生の頃から和太鼓を続け、中学・高校の6年間は地域振興・まちづくりに取り組む部活動に所属し、地域と関わる活動に熱中してきました。
「みんなと同じように参加できない」寂しさを感じることもありましたが、夢中になれる場所を見つけていきました。
まちづくりの活動は、現在もライフワークとして続けています。
第二部では、学校生活と思春期に、どのように血友病と向き合ってきたのか伺いました。
8. 学校や友達へ血友病のことをどのように伝えていたか 🔏
9. 学生時代に熱中していたこと 🔏
10. 自己注射の習得 🔏
11. 思春期に「どうして自分だけ」と思う感情 🔏
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お写真は、村山さんご家族の許可を頂いて掲載しております。
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小学校3年生の頃です。
小学校5年生になると、登山を含む2泊3日の自然教室がありました。
そこで自分でも注射ができるようにしておこうということで、3年生の冬から自己注射の練習を始めました。
その時に看護師さんから血友病の仕組みや治療について教えてもらい、知識として理解するようになりました。
自分は血友病という病気で、病院に通って注射をしなければならないということは、物心ついた頃から分かっていました。
明確に「いつから」というわけではなく、血友病がある自分が当たり前という認識です。
小学校の中学年頃までは体育にも参加していました。
休み時間には鬼ごっこやドッジボールもしていましたし、体を動かすことに特に制限はありませんでした。
小学校低学年から高校までは水泳も続けていました。
小学校高学年頃から右足首に痛みが続くようになりました。
右足首の関節内で出血を繰り返していたため、軟骨がすり減って骨同士が当たり、関節症が進み始めていました。
足首で出血を繰り返すと関節症がさらに進行してしまうことから、右足首を温存するため、体育の授業は見学することが増えました。
中学・高校でも、体育の授業はほとんど見学していました。
小学校高学年頃から、体育祭の練習にも思うように参加できませんでした。
何もできず、孤立したような寂しさを感じていたところ、先生が応援団の旗の修理を依頼してくれました。
「自分も応援団の役に立っている」と実感でき、役割を与えてもらえたことがうれしかったです。
中学・高校では、体育祭は救護テントで見学していました。
中学生の時はカメラを持たせてもらって写真撮影を担当し、高校では委員会の活動や学年競技のアナウンスを担当しました。
体育の授業でも、先生が準備や片付けなどの役割を任せてくれることがありました。
競技には出られなくても、みんなから「ありがとう」と言ってもらえることで、自分もここにいていいんだと思えて嬉しかったです。
体育祭のようにみんなが一体となっていると、どうしても輪に入れない自分に寂しくなりましたが、自分も役に立てている実感を持たせてもらえたことが大切だったと感じています。
高校生になると先生との関係にも慣れ、「これならできます」「こういうことをやりたいです」と自分から伝えられるようになりました。
今振り返ると、自分の状態だけでなく、自分の強みを周囲に伝える力も少しずつ身につけていったのだと思います。
小学校の修学旅行では父が同行してくれましたが、ずっと父と一緒に行動するわけではなく、何かあった時にサポートできるように付き添ってくれました。
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