血友病 村山広和さん インタビュー

【第三部】


血友病と進路・進学

看護師を目指した理由、大学進学時の成人科への医療移行

写真:村山広和さん

高校卒業後の進路や職業を考える時、血友病があることをどこまで判断材料にするのかは人によって異なります。

村山さんは中学生の頃から医療職を意識し、「患者さんの一番近くにいる仕事」として看護師を目指すようになりました。

看護師という仕事への体力面の不安はありながらも、病気を理由に進路を狭めるのではなく、自分が目指したい将来と、治療を続けられる環境の両方を考えて進学先を選択しました。

看護師を目指した背景と、大学進学時の状況、小児科から成人の血液内科への移行、地域活動と看護がつながる将来像について聞きました。

 

インタビュー目次

12. 進路と進学をいつ頃から考えたか

13. 印象に残っている医療者のこと

14. 看護師を目指すことへの不安 🔏

15. 看護大学への血友病のことをどのように伝えたか 🔏

16. 大学進学に合わせて、成人科へ医療移行 🔏

17. ライフワークの地域活動と看護の考え方 🔏


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お写真は、村山さんご家族の許可を頂いて掲載しております。


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Q.将来の仕事を意識し始めたのは、いつ頃ですか。

中高一貫校だったので、中学1年生の頃から大学進学を意識する環境にいました。

中学3年生の進路学習の時に、漠然と「医療職に就きたい」と考えるようになりました。

その中で、患者さんの一番近くにいるのは看護師だと思い、看護師を目指すようになりました。

「血友病だから看護師に」という意識が強かったわけではありません。

ただ、幼い頃から病院が身近で、医療者と接する機会が多かったことは、間違いなく影響していると思います。

高校生の頃には、看護師と教員のどちらに進むか迷いました。

最終的には、「教員になってから看護師になるのは難しいけれど、看護師になって経験を積んでから看護教育に関わることはできる」と考え、看護大学への進学を決めました。

Q.子どもの頃に接した医療者で、今も印象に残っている方はいますか。

小児科外来の看護師さんたちは、とても印象に残っています。

みなさんが「ひろちゃん、ひろちゃん」と親しみを持って接してくれました。

誕生日には音の鳴るバースデーカードを送ってもらったこともありますし、シールをくれたり、注射後の絆創膏に絵を描いてくれたりしました。


シールの角が丸く切られていることを不思議に思って尋ねたら、「けがをしないように丸くしているんだよ」と教えてくれたことがあります。

今考えれば小さな工夫ですが、子どもの私は「こんなところまで考えてくれているんだ」と驚きました。


看護を学ぶ今でも、小児科でしてもらってうれしかったことを思い出し、「自分なら患者さんにどう関わるか」を考えることがあります。

技術だけでなく、安心して病院に通える関係をつくってもらった経験が、私の看護観の土台になっています。

Q.看護師を目指すことに不安はありませんでしたか。 🔏

看護師が体力を使う仕事であることは分かっていたので、「自分の体でやっていけるのだろうか」という不安はありました。

・・・・・


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