【後編】重症筋無力症とともに暮らす 伴野啓介さん インタビュー

「もう一度、外で働きたい」仕事・家族・患者会と歩む、重症筋無力症との日々

インタビュー目次

伴野啓介さんの素敵なお話を前中後編に分けて、お届けします。


【目次】

5.介護職から相談員へ――重症筋無力症がある中で働く

6.🔏外で働くことが難しくなって――現在の暮らしと家族

7.「直接交流したいなって気持ちが強かった」――患者会との出会い

8.「完璧主義を捨てました」――仕事、これから、患者さんへ伝えたいこと



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お写真は、伴野啓介さんの許可を頂いて掲載しております。

伴野啓介さん イメージ

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20歳で重症筋無力症と診断された伴野さんは、治療を続けながら大学を卒業し、社会人になりました。

大学で福祉を学び、最初に就職したのは介護の仕事でした。


その後、体への負担から介護職を離れ、老人保健施設や病院などで相談員として17~18年ほど勤務しました。

職場では重症筋無力症があることを伝え、首がつらい時にはコルセットを使ったり、必要な時には休んだりしながら働いていました。


しかし、次第に首で頭を支え続けることが難しくなり、現在は外への通勤をやめ、自宅で仕事をする生活に変わっています。

一方で、

「体調が良くなったら、やっぱり社会復帰したい。外で働きたい」

という思いもあります。


後半では、重症筋無力症と仕事の両立、妻や2人の娘さんとの暮らし、患者会との出会い、そして働く世代の難病患者への就労支援について感じていることを伺います。


▶伴野啓介さんおYouTubeチャンネル『すー』


5.介護職から相談員へ――重症筋無力症がある中で働く

介護職のイメージ

伴野さんが重症筋無力症と診断されたのは大学生の頃でした。

そのため、就職する時にはすでに重症筋無力症の治療を続けていました。

大学では福祉を学び、社会福祉や介護福祉に関係する資格を取得していました。


最初に勤務したのは、高齢者施設のデイサービスです。

就職面接では、重症筋無力症があることを伝えました。

当時は比較的体調が安定していたため、


「重症筋無力症の病歴はありますけど、今は日常生活は問題なく送れています」


と説明したといいます。

病気について大きく問題視されることはなく、採用されました。


しかし、介護業務は体を使う仕事です。

実際に働き始めると疲労が強く、「もうちょっと体が無理だ」と感じるようになり、介護職を退職しました。


その後に選んだのが、相談員としての仕事でした。

老人保健施設や病院などで、17~18年ほど相談員として働きました。

利用者さんや患者さん、ご家族の話を聞き、必要な支援や今後の方向性について調整する仕事です。

介護業務とは異なり、直接的な肉体労働が中心ではありません。

それでも全身のだるさや首のつらさはありました。


仕事中には温湿布を使ったり、首にコルセットを巻いたりしていました。

職場が病院や介護施設だったこともあり、周囲には病気に理解のある人もいました。

医師や看護師の中には、重症筋無力症を知っている人もいます。


体調が悪い時には、「そこでちょっと休んどけ」と言ってもらうこともありました。

「ありがたいことに、働く職場は良かったなと思います」


一方で、病気のことを職場へ伝えていても、毎日の体調について細かく伝えることにはためらいがありました。

伴野さんはもともと、「我慢しちゃうタイプ」だったといいます。


同僚に毎日気を遣わせたくないという気持ちもあり、「今日はこれがつらい」「今日は調子が悪い」と毎回伝えることはしていませんでした。


本当に体調が悪い時には、「すみません、ちょっと休ませてください」と伝えていました。

重症筋無力症があることを職場に伝えることと、その日の体調を毎回伝えること。

伴野さんにとっては、別の難しさがありました。


6.🔏外で働くことが難しくなって――現在の暮らしと家族

7.「直接交流したいなって気持ちが強かった」――患者会との出会い

ハートに水やりをする男女 イメージ

全国筋無力症友の会を知ったきっかけは、インターネットでした。


重症筋無力症について調べている時に患者会の存在を知り、そのまま電話をしました。

「僕、結構行動力があったので、すぐ電話をして」

入会について説明を受け、案内も送ってもらいました。


ただ、すぐには入会しませんでした。

その後、「入ってみようかな」と思い、入会したのは約10年前だったといいます。

入会しようと思った理由の一つは、同じ病気の人と交流したかったことでした。


周囲に重症筋無力症の患者さんはいませんでした。

同じ病気の患者さん同士で話し、悩みについて相談できる場があればいいと思っていました。

現在ではSNSなどでも同じ病気の人とつながることができます。




それでも伴野さんは、

「直接交流したいなって気持ちが僕は強かったです」

と話します。


患者会へ入ったことで、治療についての情報を得る機会も増えました。

長い間ステロイドを中心に治療を続け、状態もある程度安定していたため、新しい治療について積極的に情報を更新していない時期もありました。


患者会では、新しい治療薬の情報や、医師の講演内容などが掲載された会報が届きます。

それを読むことで、「かなり情報がアップデートできた」といいます。

また、新しい治療を実際に受けている患者さんの体験談を聞くこともありました。


そうした話を聞いたことで、主治医へ、「こういう薬を試したい」と相談することもできたそうです。

患者会は、医療情報を得る場であると同時に、同じ病気の人と直接話せる場にもなりました。

8.「完璧主義を捨てました」――仕事、これから、患者さんへ伝えたいこと

ハートの輪 イメージ

診断前の伴野さんは、原因が分からない状態で体調が悪化していくことに不安を感じていました。

病名が分かった後、最初の主治医から言われたのが、「あまり無理をしないこと」でした。


疲れやすい病気だから、適度に休息を取り、無理をせずに生活するように言われました。

もともと伴野さんは、体を動かすことが好きで、頑張ることを大切にしていました。

そのため、すぐに考え方を変えることはできなかったといいます。


「本当は嫌だったんですけど、いきなりパッとは変えられなかった」



それでも、「自分の体は正直なので、これはあかんなと」。

少しずつ、無理をしない生活を意識するようになりました。


病気と付き合う中で見つけた考え方について尋ねると、伴野さんは、

「まず完璧主義を捨てましたね」

と答えました。


例えば掃除。

同じ動作を繰り返すことで疲れる時には、力を抜いて行うようにしています。

「100点の仕事をしなくてもいいんじゃないかと」

もう一つ行っているのが、自分で自分を褒めることです。

「自分で自分をよく褒めていました」

誰かに褒めてもらうことではなく、自分自身で「今日はやった」と認めることで、モチベーションを保ってきたといいます。


一方で、伴野さんには「継続すること」を大切にしてきた経験もあります。


病院で相談員として働いていた頃、上司から、「若い人はトイレ掃除ぐらい毎朝するものだ」と言われました。

伴野さんは、その翌日から実際にトイレ掃除を始めました。

初日に上司へ報告すると、「一日なら誰でもできる。継続することが大切だ」と言われます。


そこから、伴野さんは約6年間、毎朝トイレ掃除を続けました。

勤務開始は9時でしたが、7時半頃には出勤し、掃除をしていました。

本を薦められれば、その日のうちに買って読み、翌日に感想を伝える。

注意されたことがあれば、まず行動に移す。

そうした働き方をしてきました。


その一方で、重症筋無力症と付き合う中では、「頑張り続ける」だけではなく、「無理をしない」ことも意識するようになりました。

現在、外で働くことはできていません。

仕事が好きだった伴野さんは、外で仕事ができなくなった時について、

「すっごいつらかった」

と話しています。


現在も、体調が良くなれば再び働きたいという気持ちがあります。

「体調良くなったら、やっぱり社会復帰したいっていう気持ちはあります。外で働きたい」

これまで取得してきた資格もあるため、再び医療や福祉に関係する仕事をしたいと考えています。


一方、自分自身が外で働けなくなったことで、働く世代の難病患者が直面する就労の問題についても考えるようになりました。

伴野さん自身、ハローワークや難病相談の窓口へ行き、働き方について相談しました。

在宅でできる仕事も探しました。

ケアマネジャーの資格を生かした在宅のパート求人を見つけたこともありましたが、家族4人で生活するための収入を考えると、選ぶことが難しかったといいます。


患者会や難病のある人との交流の中でも、「働きたいけれど、仕事がない」という人と出会いました。

その経験から、

「もうちょっと就労支援を丁寧に対応していただけるとうれしいなと思います」

と話します。


特に、年金を受け取る年齢になる前の働く世代にとって、仕事ができなくなることは収入にも直接影響します。

伴野さんは、行政などでも難病のある人が働く機会が増えてほしいと考えています。


また、重症筋無力症について、社会の中でもっと認知が広がってほしいと話します。

見た目から症状が分かりにくいため、「病気に対する理解、認知度が広がってほしい」という思いがあります。


そして、これから重症筋無力症と診断される患者さんに伝えたいことについて尋ねると、伴野さんは、自分自身が診断前に将来への不安を感じていた経験について話しました。


また、一人で悩んでいる人には、患者会などで同じ病気の人と話してみることも勧めています。

「なかなか足を踏み出しづらいかもしれないですけど、そういうところに入会すると、ちょっと気持ちがほぐれると思います」

SNSでやり取りをすることと、実際に同じ病気の人と会って話すことについても、

「SNSでやり取りするよりも全然違う」

と感じています。


高校生の頃に最初の症状を感じ、20歳で重症筋無力症と診断された伴野さん。

治療を続けながら大学を卒業し、介護職、相談員として働き、結婚し、2人の娘さんを育ててきました。


現在は外へ通勤する仕事から離れ、自宅で体調に合わせた生活を送っています。

その中で現在大切にしているのが、「100点の仕事をしなくてもいい」という考え方です。


そして、体調が良くなった時には、もう一度外で働くことを望んでいます。

「社会復帰したいっていう気持ちはあります。外で働きたいです」

病気がある中で、自分の体調に合わせて生活や働き方を変えながら、伴野さんは現在も重症筋無力症と付き合っています。


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重症筋無力症広場のイメージ


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