【後編】大島なつめさん インタビュー

「その時できることを精いっぱい」結婚、子育て、心理職──重症筋無力症と歩む今

前編では、23歳で重症筋無力症を発症し、入院生活や進路変更を経て、心理職への道を歩み始めるまでをご紹介しました。


後編では、患者会との出会い、結婚、妊娠・出産、そして現在の活動について伺います。


「病気だから諦める」のではなく、その時々にできることを積み重ねながら、自分らしい人生を歩んできた大島なつめさん。その歩みから見えてきた、重症筋無力症とともに生きるヒントをお届けします。


インタビュー目次

大島なつめさんの素敵なお話を前後編に分けて、お届けします。


【目次】

7.「病気になった」と思いたくなかった──患者会との出会い

8.🔏「病気だから諦めるのは悔しい」──結婚と出産への挑戦

9.🔏「私がどうなっても、この子だけは」──病気でも諦めなかった妊娠と出産

10.「知らないから使えない」──患者だから伝えたい支援制度

11.「その時、その時にできることを精いっぱいやる」──重症筋無力症とともに歩む人生



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7.「病気になった」と思いたくなかった──患者会との出会い

ハートと手 イメージ

大学院では、自分の病気を周囲へ説明しながら学び続けていた大島さん。

しかし、同じ病気の患者さんとつながることには、しばらく抵抗があったといいます。


「発症して3年くらいは、友の会に入らなかったんですよ。」

理由を尋ねると、当時の率直な気持ちを話してくれました。

「患者会に入っちゃうと、本当に病気になっちゃう気がしたんです。」


診断は受けていても、「自分は病気なんだ」と認めることが怖かった。

どこかで以前と同じ生活に戻れるのではないかという気持ちもあり、患者会へ足を運ぶことを避けていました。


そんな大島さんが患者会へ参加するきっかけになったのは、医療講演会でした。

「新しい治療薬の話が聞けるなら行ってみようかなと思って。」

情報を得る目的で参加したその場所で、初めて同じ重症筋無力症の患者さんたちと出会います。


同じ重症筋無力症でも、症状や生活は人それぞれでした。

それでも、「疲れやすい」「まぶたが下がる」「今日は体が動かない」といった日常の困りごとを説明しなくても理解してもらえることに、大きな安心感を覚えたそうです。


「自分だけじゃないんだ、と思えました。」


患者会では、治療の情報だけではなく、仕事や結婚、制度利用など、診察室では聞けないような生活の情報も知ることができました。


「こういう制度があるよ。」

「こんな工夫をしているよ。」


患者同士だからこそ伝えられる情報がたくさんあったといいます。

やがて、「支えてもらう側」だった大島さんは、「今度は自分が支える側になりたい」と考えるようになります。


大学院時代に全国筋無力症友の会 東京支部の立ち上げに携わり、現在は友の会副代表、そして首都圏支部の支部長、そして日本難病・疾病団体協議会(JPA)の理事として活動しています。


「病気になったからこそ出会えた人が、本当にたくさんいます。」


かつて「病気だと認めたくない」と距離を置いていた患者会は、今では大島さんにとって、多くの人とつながる大切な居場所になっています。


8.🔏「病気だから諦めるのは悔しい」──結婚と出産への挑戦

9.🔏「私がどうなっても、この子だけは」──病気でも諦めなかった妊娠と出産

10.「知らないから使えない」──患者だから伝えたい支援制度

バインダーをもつ女性 イメージ

現在、公認心理師・精神保健福祉士として相談を受ける立場になった大島さん。


一方で、自分自身も病気になった当初は、制度をほとんど知りませんでした。


「障害年金も知らなかったんですよ。」

「誰も教えてくれなかった。」


大学院ではアルバイトをしながら生活し、子育てでは訪問看護やさまざまな制度にも助けられました。


だからこそ今は、「制度は知っていないと使えない」と感じています。

「困っている人ほど、制度を知らない。」

患者さんから相談を受ける中でも、その思いは強くなるそうです。


「どこへ相談すればいいか分からない人が、本当に多いんですよ。」


だからこそ、制度を一覧で見られるような情報や、「自分には何が使えるのか」が分かる仕組みが必要ではないかと話してくれました。


11.「その時、その時にできることを精いっぱいやる」──重症筋無力症とともに歩む人生

大学院卒業 なつめさんとお母さま イメージ

発症から20年以上。

重症筋無力症は、今も大島さんの人生の一部です。


それでも、「病気になってよかった」と簡単に言うことはありません。

一方で、病気になったからこそ出会えた人や経験があることも事実だと話します。


「病気になったことで、今の仕事にもつながっています。」


これから病気と向き合う人へ、どんな言葉を伝えたいですか。


そう尋ねると、大島さんは少し考えて、穏やかに答えてくれました。


「その時、その時できることをやればいいと思うんです。」


未来のことを考え過ぎて不安になるよりも、今できることを一つずつ積み重ねる。

その積み重ねが、気がつけば今につながっていたと振り返ります。


「病気だから人生が終わるわけじゃない。」

「病気はあるけれど、その中でできることはいっぱいある。」


そして最後に、患者さんやご家族へ向けて、こんなメッセージを送ってくれました。

「一人で抱え込まないでほしい。」

「同じ病気の人とつながることも、一つの力になると思います。」




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