SMAとともに歩みながら、お笑いで届ける「あそどっぐ」の世界
「一歩一歩、壁にぶつかって、それを壊してきた」
――お笑い芸人として歩み始めるまで
脊髄性筋萎縮症(SMA)とともに生きながら、
お笑い芸人として活動を続けている「あそどっぐ」さん。
現在は、YouTubeでの動画配信をはじめ、ステージやテレビなど、
さまざまな場所でお笑いを届けています。
SMAや障害をテーマにしたネタも多く、「障害をネガティブに捉えない笑い」を
大切にしているというあそどっぐさん。
一方で、今の活動に至るまでの道のりは、決して一直線だったわけではありません。
子どもの頃には、学校生活の中でさまざまな「壁」にぶつかりました。
高校時代には、同級生とお笑いコンビを組み、
「いつかプロのお笑い芸人になりたい」という夢を抱くようになります。
しかし、その夢を一度は手放すことになった経験もありました。
それでも、お笑いへの思いは消えることなく、30歳を過ぎてから再び挑戦。
インターネットチャンネルとの出会いをきっかけに活動を始め、
わずか1年ほどでテレビ出演という夢を実現しました。
今回は、そんなあそどっぐさんに、子どもの頃のこと、お笑いとの出会い、
SMAとともに歩んできたこれまでについてお話を伺いました。
1. 「あそどっぐ」という名前には、意外な由来が
2. 子どもの頃、SMAは「特別なもの」ではなかった
3. 子ども同士では一緒に遊べた。でも「制度」になると壁があった
4. 小学校入学時にぶつかった壁。両親が守ってくれた🔏
5. 支援学校で過ごした小・中・高校時代🔏
6. 高校時代に組んだ、お笑いコンビ🔏
7. 相方との別れ。一度はお笑いを諦めた🔏
8. 「誰でも世界中の人に見てもらえる」――ニコニコ動画との出会い🔏
9. 「1年以内にテレビに出られなかったら諦めよう」🔏
10. 「持っているものは全部使って、笑いを取る」🔏
11. 障害を「ネガティブ」にしない🔏

現在は「あそどっぐ」という名前で活動しているあそどっぐさん。
まずは、気になる名前の由来について聞いてみました。
「これね、何か面白いエピソードがあればよかったんですけど、何も思いつかなくて(笑)。
『あそ』は本名なんです」
では、「どっぐ」はどこから来たのでしょうか。
そこには、若い頃に大好きだったテレビ番組が関係していました。
「僕は若い頃、プロの芸人になる前、20歳くらいの頃に、ウッチャンナンチャンさんの
『笑う犬の冒険』が好きだったんです」
当時、あそどっぐさんは『笑う犬の冒険』をパロディにしたようなホームページを作っていたそうです。
「そのときのペンネームが、『笑う犬』の“犬”を取って、『どっぐ』っていう名前だったんです」
その名前が、現在のお笑い芸人「あそどっぐ」につながっています。
「本当に大好きだったんですよ。いつかお会いしたら、この名前のことを伝えて、
可愛がってもらおうと思っています(笑)」
好きだったテレビ番組から生まれた名前。
そこには、あそどっぐさんがまだプロのお笑い芸人になる前から、
笑いや表現することを楽しんでいたことがうかがえます。
あそどっぐさんは、生まれたときからSMAとともに生活してきました。
子どもの頃は、自分の病気や障害についてどのように捉えていたのでしょうか。
「生まれたときからだったので、特にあまり考えていなかったというか。
自分にとっては、当たり前のものという感じでした」
自分とは違う「何か」として病気を捉えるのではなく、最初から自分の生活の一部として存在していたSMA。
ご家族も、当時は障害について詳しい知識があったわけではなかったといいます。
「うちの両親も、そんなに障害のことを詳しくなかったんですね。
だから、ぼんやりと捉えていた感じでした」
病気について家族で深く考えたり、特別なものとして扱ったりするというよりも、
日々の生活の中に自然と存在していた。
それが、あそどっぐさんにとっての子ども時代でした。
子どもの頃の思い出について聞くと、近所の友達と遊んだことを振り返ってくれました。
「近所の子どもたちとは、ずっと遊んでいましたね」
ファミコンをしたり、外で鬼ごっこをしたり。
子ども同士の関係の中では、障害があることを意識せず、一緒に遊ぶことができていたそうです。
しかし、学校という「制度」の中に入ると、状況は変わりました。
「子どもたち同士は何もなく、一緒に遊べていたんです。
でも、制度的なものになると、なぜか壁がある。そんな覚えがありますね」
その壁を強く感じたのが、小学校へ入学するときでした。..................................
※脊髄性筋萎縮症についての情報がご覧いただけます。
患者さんご家族の体験談や医師のインタビュー、患者会の紹介を掲載しています。