「できないこと」ではなく、自分にできることを生かして生きる
脊髄性筋萎縮症(SMA)とともに暮らしながら、20歳で一人暮らしを始め、
SNSでの情報発信や講師活動、投資など、
さまざまなことに挑戦している23歳のまなとさん。
現在は名古屋市で重度訪問介護を利用しながら生活し、
個人事業主として仕事をしています。
幼い頃にSMAと診断され、特別支援学校で過ごした学生時代。
そして、20歳で始めた一人暮らしや、病気に対する考え方の変化について伺いました。
1. 20歳で始めた一人暮らし。自分のタイミングで生活できる環境へ
2. 1歳頃にSMAと診断。 周囲に受け入れられて過ごした幼少期
3. 生徒会長も経験。人と話すことが好きだった学生時代
4. 「できないことを克服する」から、
「できないことがあったからこそ得られたもの」へ🔏
5. 一人暮らしを支える重度訪問介護。 地域によって異なる支援の環境🔏
6. まずは挑戦してみる。自分の可能性を自分で決めない🔏
7. まなとさんの歩みから🔏

現在、まなとさんは名古屋市で重度訪問介護を利用しながら一人暮らしをしています。
一人暮らしを始めたのは20歳の頃。
仕事やさまざまな活動に取り組むなかで、自分の生活を自分のタイミングで
組み立てられる環境が必要だと感じたことが、きっかけの一つでした。
「両親が共働きということもあって、これから仕事をしたり、いろいろな活動をしたりするなかで、
家族に自分の好きなタイミングで介助を頼むのは難しいと感じていました。
そんなときに事業所とのご縁があり、一人暮らしを始めました」
一人暮らしを始めるタイミングで、仕事の形も変えました。
それまでは在宅で仕事をしていましたが、現在は個人事業主として、SNSでの発信や講師活動、
投資などに取り組んでいます。
働き方を変えたことで、金銭面では苦労もあったといいます。
個人事業主は収入が安定するとは限らず、生活費のやりくりも自分で考えなければなりません。
それでも、自分のやりたいことを実現するために、必要な支援を利用しながら、自分らしい生活を築いてきました。
まなとさんは、生まれたときには特に問題がなかったといいます。
しかし、1歳頃になってもハイハイをしなかったり、
ほかの子どもと比べておとなしかったりする様子から、
ご両親が成長の違いに気づきました。
その後、いくつかの病院を受診。
しばらくは、何らかの難病の可能性があるものの、
病名がわからない状況が続いたそうです。
SMAに特化した検査を受けたことで、1歳頃に診断されました。

幼少期は、地元の保育園に通っていました。
「周りには障がいのない子どもたちがいましたが、いじめられることもなく、
むしろ自分のことを受け入れてくれる環境でした。
だからこそ、自分の障がいをマイナスに捉えるような環境ではなかったのかなと思います」
小学校から高校までは特別支援学校に通いました。
さまざまな病気や障がいのある友人たちと過ごすなかで、同じ病気でなくても、
悩みには共通する部分があることを感じたといいます。
「自分とまったく同じ悩みではなくても、似たような悩みを持っている友達がいました。
話をするなかで共感してもらえたことは、大きかったですね」
幼い頃に周囲に受け入れられた経験と、学校生活のなかで悩みを共有できた経験。
その両方が、まなとさんにとって大切なものになっています。

昔から人と話すことが好きだったまなとさん。
学校生活では、その好きなことを生かして、生徒会の副会長や会長を経験しました。
「生徒会では、みんなをまとめたり、行事で代表として挨拶をしたり、
いろいろなことをやっていました。
そうした経験は、今でも印象に残っています」
人前で話すことや、自分の考えを伝えること。
学生時代に経験したことは、現在のSNSでの発信や講師活動にもつながっているのかもしれません。
学校には、呼吸器を使用している人や、コミュニケーションを取ることが難しい人など、
まなとさんよりも身体の状態が重い友人も多くいました。
同じSMAの友人はいませんでしたが、病気や障がいの種類が違っていても、日常生活で感じる悩みには似ているところがあります。
友人との会話を通して、自分の気持ちに共感してもらえることが心の支えになっていました。..................................
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